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急転直下⑦

「うーん。がいくんってそんなにソフトに脱がせる人なの?あ!もしかして、破かれる前に、ばっつん自ら脱いだ感じ?」 「んなっ!」 んなわけあるか! 「だよねー?ばっつんってさ、脱がされてなんぼみたいな感じじゃん?」 「なっ!」 何それっ! 「そっか。うーん……がいくんがそんなにソフトに脱がせる人だったとは……。きみやすを基準に強度を考えたんだけど、それじゃあ駄目ってことか」 っつか田頭!お前一体……。 顎に手を当てて、真剣に考え込み始めたサクラを無視して歩き始めると『生徒会室に行くんだよね?ちょっと待って!僕も行くから』と、サクラに腕を掴まれた。 「あ……」 もともと生徒会室に行くつもりは、全くなかった。制服のことなんかすっかり忘れてたし……。 でもこの流れだと、一緒に行かないと駄目かな? でも……それより早くふっきーに会いたい。 そういえば……ふっきーへの嫌がらせ事件、サクラと田頭が調べるって言ってたっけ。 「サクラ」 「ん?」 「ふっきーの、さ。どうなった?」 「ん?ふっきーへの嫌がらせのこと?まだ犯人はわからないけど……天戸井犯人説が、うちのクラスでは盛り上がっちゃってるよね」 「でも、ふっきーが花壇に押し倒された話しただろ?あれは絶対に天戸井じゃなかったよ?」 「ばっつんの話は疑ってないよ。でも……ふっきーを花壇に押し倒した実行犯は天戸井じゃないとしても、自分の手は汚さない犯罪者なんて、世の中ゴロゴロいるでしょ?」 「……」 それって……天戸井は自分でやらなかっただけで、誰かに命令して、ふっきーに嫌がらせをしてたって、サクラは疑ってるってこと? それを聞いて、母様が候補の時に、何度も命を狙われてたって話を思い出した。 ふっきーは、前から奥方候補ナンバーワンって言われてる。そこに、新嘗祭で二度目の舞を舞ったこと、東都を推薦で合格したことが加わって、嫁はふっきーで決まりだろうって、家臣さんたちはみんなそう思ってる、みたいなこと、大老様が言ってた。 天戸井を奥方様に推している誰かなら、天戸井の命令で、奥方候補ナンバーワンのふっきーを狙う、とか……そんなことがないとも、限らない? 鎧鏡一門同士で……本当にそんなことする? だけど……実際母様を狙っていたのは、鎧鏡一門の誰かだったって話だし……。 ふっきーへの嫌がらせは、花壇に押し倒されたり、出し物を壊されたり、トイレで水を掛けられたりっていう、母様の時みたいな、命を狙ってるっていう感じじゃないけど……もしこれが、本当に候補同士のいざこざだったとしたら、ここから、命を狙われたりってことに、発展したり……とか……。 「オレ……ちょっと、ふっきーのところに行ってくる!」 「え?!」 「あとで行けたら、生徒会室にも寄るから!」 サクラの返事を聞かずに、その場から走り出した。 何だか嫌な胸騒ぎがする。 早くふっきーに会わなくちゃいけない。そんな気がしていた。 ふっきーのいるだろう第二体育館に向かう途中、どこからか言い争うような声が聞こえてきた。 何だろう? 学祭の後片付けで、揉めてるのかな? 声がするのは、本館の端にある非常階段の上のほうかららしい。 こんな場所で何があったんだろう?揉めている声を聞いてしまったからには、生徒会役員経験者として、放っておくわけにもいかない。 静かに近寄ると『本当はそうなんじゃないんですか』という声が聞こえた。 あれ?この声……。あれ?誰だっけ? そのあと、ぼそぼそと誰かが話しているのはわかるけど、何を言っているのか聞き取れない。 聞き耳を立てながらさらに近付くと『キミは何が言いたいわけ?』という、ふっきーの声が聞こえてきた。 「えっ……」 今の、間違いなくふっきーの声だ。 ふっきーの声が分かった途端、さっきの声の主は天戸井だと、ふいに思い出した。 こんなところに二人でいるなんて、やっぱりふっきーへの嫌がらせをしてたのって、天戸井?!ふっきーが危ない?! いや、母様の話だと、ふっきーって強いんだよね?いや!だったら天戸井だって候補なんだから、強いんじゃないの? どうしよう……ふっきーがまた何かされたら……。 どうしたらいいかわからないまま、足だけは階段を登り続けていた。 階段の踊り場に、どちらのものかわからない上履きのかかとが見えた時、『キミがどう思おうと、僕がすめの奥方様になる』という、ふっきーの声が耳に入った。 「えっ?」 つい声を漏らしてしまったと思った時にはもう、階段の踊り場に立っているふっきーと目が合っていて、背中しか見えていなかった天戸井が、驚いた顔でこちらを振り返った。 「雨花ちゃん……聞いて、た?」 ふっきー……が……皇の……奥方様に、なる? ふっきー、今、そう言った、よね? 階段の途中で、何も言えずに立ち尽くしたオレのもとに、ふっきーが『いつから聞いてたの?』と言いながら近付こうとすると、天戸井が『まだ話は終わっていませんよ!』と、ふっきーの腕を掴んだ。 天戸井に腕を掴まれたふっきーは、踊り場から階段を何段かおりたオレのすぐ目の前で、グラリと大きく体勢を崩した。 「うわあああっ!」 ふっきーが落ちる! そう思った時には、ふっきーがさっきまで立っていた階段の踊り場に向かって、ふっきーの体を思いっきり突き飛ばしていた。その反動で、オレの体はふわりと浮いた。 「っ!」 落ちる……。 嫌な浮遊感と共に、一気に汗が吹き出した。 「雨花ちゃんっ!」 ふっきーの声が……遠くで、聞こえた。

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