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5日①
一日目。
さわさわと、草の揺れる音がする。
ゆっくり目を開けると、視界一面に草原が広がっていた。
「……」
……どこ?
頭が重い。
目だけをゆっくり上下左右に動かすと、自分がどうやら大きな木にもたれて、座りながら寝ていたらしいことがわかった。
「……」
ここ、どこ?
オレ……寝る前、何をしていたんだっけ?
「……」
ぼうっと視線を下げると、自分が制服を着ていることに気が付いた。
……ここ、学校?
学校に、こんなところ、あったっけ?
「……」
急にぞくりとして、ここがどこなのか確かめようと、立ち上がった。
背中を預けていた大きな木の周りに生えている、背の高い草で見えていなかった幅の広い川が、視界に入った。
本当に……ここ、どこ?
学校の敷地内に、こんな場所、あったっけ?
とにかく神猛の敷地は、びっくりするほど広いから、オレが知らない場所があってもおかしくはないけど……。
校舎はどこだろうとキョロキョロ見回しても、校舎どころか建物と呼べるような物自体、視界のどこにも見当たらない。
わかったのは、川のあちら側とこちら側で、景色が全然違うってことくらいだ。
オレが立っている川のこちら側は、どこまでも広がる草原で、どことなく殺風景なのに、川の向こう側は、花畑かってくらい、たくさんの花が咲いていて華やかだ。
その時、フワリとピンクの花びらが、オレの目の前に舞い降りてきた。
あれ?これ……桜の花びら?今、春、だっけ?あっち側は花盛りだし……。
そう思いながら川の向こう側を背伸びして見ると、少し先に、さっきは気付かなかった大きな桜の木があるのが目に留まった。
樹齢、どれくらいだろう?遠目にも、大きな木だとわかる。
あんな大きな桜の木、今まで見た事ないかも……。ここから見ると、大きなピンク色のわたあめみたいだ。
さっきの花びら、あそこから来たのかな?
今って、桜の時期?……だったっけ?
「……」
今の季節すら、思い出せない。頭が重い。
だけど、あの大きな桜の木を見ていると、何故か無性に、懐かしさを感じる。
オレは多分……この場所を……知ってる?”帰って来た”みたいな、そんな感覚がある。
どうにかあの桜の木まで行ってみたい。だけど、目の前に立ちはだかる川は幅が広くて、向こう岸まで跳んで渡るってことは出来そうにない。
川の水は、飲み水かってくらい透き通っているように見えるけど、どれくらいの水深があるのか……ここからだと川底が見えない。川の中を歩いて渡るということも、怖くて出来そうにない。
泳いだら渡れるかな?でも穏やかそうに見えても、川は急に流れが速くなったりして危険だっていうし……。
こんなに幅の広い川なんだから、川岸を歩いて行けば、どこかに橋があるんじゃないかな?
そう思って、川岸を歩き始めた。
頭は重いのに、体は、すごく軽い。
しばらく川面を見ながら歩いて行くと、川の中に渦を巻いている場所があることに気が付いた。
覗き込むと、渦の中心に、鏡のようにはっきりとオレの顔が映って、思わず驚いて後ずさりした。
川の渦に、あんなにはっきりと自分の顔が映る?
恐る恐るもう一度覗き込むと、渦の中に、見覚えのある建物が映っていた。
「えっ?!」
咄嗟に上を見ても、そこには青い空が広がっているだけだ。
「……何で?」
もう一度川を覗き込むと、見慣れた神猛学院の本校舎が、川の渦の中心に映っていた。
「なん、で?」
渦の中に手を入れようとすると、そこに映っていた神猛の校舎はぐにゃぐにゃと曲がり、何か違う物が、ぼんやりと映り始めた。
「えっ……」
これ……サクラだ。
渦の中にハッキリと映し出されたサクラが、こちらに向かって何かを言っている。だけど声が聞こえない。
「何?!サクラ!」
何度呼んでも、サクラは相変わらず口を動かしているだけで、何を言っているのかさっぱり聞こえない。
「何なんだよ!」
そのうち、驚いた顔のサクラが、誰かの背中を見送るところが、渦の中心に映った。
「えっ?!」
サクラが見送った人は、背中だけで顔が見えないけど……これって……オレ、じゃない?え?何で?
ドキドキしながら見ていると、渦の中に映ったオレらしき背中は、小走りで廊下を進み始めた。
この廊下を通るってことは……多分、第二体育館に、向かってる?
そう思った時、急に何かを思い出せそうな気がして、胸がモヤモヤし始めた。
相変わらず背中しか映らないけど、これ……やっぱりオレ、だよね?
オレ、何をしてるんだ?
何かがわかりそうなのに、思い出せない。
渦の中に映るオレは、本校舎の端まで来た時、何かに気付いたように足を止めて、そこにある非常階段を見上げた。
「……」
オレ……この場面、見た覚えがある。
渦の中に映るオレは、非常階段をそろそろと昇り始めた。
……そうだ。オレ、こんなこと、した気がする。でも……このあとどうなるんだっけ?……覚えてない。
何かに驚いたように、階段途中で立ち止まったオレの姿が、渦の中心からふっと消えた次の瞬間、階段の踊り場に、並んで立っているふっきーと天戸井の姿が、渦の中に映し出された。
「あ」
この場面、知ってる!……かも。デジャブ?
そう思いながら覗き込んでいると、オレに向かって何か言いながら、階段を数歩下りたふっきーの腕を、天戸井がぐっと掴んだ場面が、渦の中に映し出された。
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