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5日③

三日目。 怖い! 父上に似た人に助けを求めようと対岸を見ると、さっきまで必死に叫んでいたあの人の姿は消えていた。 うおー!もう駄目だ! いやいや、オレ、もう死んでるんだった!もう駄目とか、そんなのないはずじゃん!すでに最悪の状態なんだから。 そんな風に思っていると、目の前に降り立った”人”が、オレを見下ろして『見つけた』と、呟いた。 え?日本語?どう見ても日本語が話せるような外見じゃないのに……。 白髪?銀髪……っていうのかな? 空からの光の筋の中を降りてきたその人は、緩やかにうねる長い髪と、どう見ても西洋系の綺麗な顔立ちだ。空から降りて来たってことは……この人、もしや天使?!いや、ちょっと待って!オレがすでに死んでるってことは、ここが空なんじゃないの?え?どういうこと? 何がなんだかわからない。でも……目の前のこの人……どこか、懐かしい感じがする。会ったことなんか、ない、はず。海外には散々住んでいたけど、こんな綺麗なお兄さんなら……ん?お兄さんで、いいんだよね?こんな綺麗なお兄さんなら、忘れないよ、絶対! でもこの人を見ていると、すごく懐かしい気持ちになる。どこかで……会ったこと、あったっけ? 「その川に入ってはいけない。川を渡れば、うぬは戻れなくなる」 「へ?」 うぬ?……って、オレのこと? 「川のあちら側は、サクヤヒメ様の御膝元だ。今うぬが踏み入れば、人ではなくなり、戻るべき場所に戻れなくなる」 「戻るべき、場所?」 「そうだ。うぬがここに来たのは間違いだ。早く戻らねば戻れなくなる」 「間違いって……どういうことですか?」 「詳しい話はわからない。誰かの代わりに、ここに飛ばされたのか……。たまにそういったことがあるらしい」 「誰かの代わり?」 さっきの場面が頭に浮かんだ。 もしかして、オレはふっきーの代わりに、ここに来たってこと?ってことは、もしかしたらオレが戻ったら、ふっきーが死んじゃうの?! 「さあ、戻るぞ」 オレが戻って、ふっきーがこっちに、来る……。 どす黒い考えが、頭の中に浮かんだ。 「どうした?」 「……戻りません」 「何を……」 「オレ、絶対戻りません!」 オレが戻って、ふっきーがこっちに来たら……もしかしたら皇は、オレを選んでくれるかも、なんて……そんな考えが、ほんの少し頭をかすめたんだ。 ホント、バカだ、オレ。 ふっきーと交代して戻ったって、オレが皇に選ばれるわけないじゃないか。オレとふっきーは、全然違う。オレがふっきーの代わりになんて、なれるわけないじゃん。 だったらせめてこのまま……皇の大事なふっきーを守ったまま……サクヤヒメ様のところに行かせて欲しい。皇の、役に立てたままで……。 「戻りません!」 またおかしな考えが浮かぶ前に、早く川を渡らなくちゃ! 川に入ろうと一歩踏み込むと、銀髪の人が慌ててオレをお腹から抱え上げ、川から遠ざけた。 「何をする!うぬは下界に戻らねばならない!うぬが戻らねば、下界は……ぐっ……」 銀髪の人が、急に苦しそうな声を上げた。驚いて振り返ると、銀髪の人の顔から、口が消えている。 「うわぁっ!」 眉を寄せて苦しそうにもがく銀髪の人は、その場にうずくまって震え始めた。 「え?!だっ、大丈夫、ですか?」 そっと肩に手を置くと、その人は大きく深呼吸をして、長い銀髪を搔き上げながら顔を上げた。その時にはもう、口はもとに戻っていた。 「はぁ……心配は要らない。強制的に口を封じられたようだ」 「……へ?」 強制的に口を封じられた? わからないという顔をしたオレに、銀髪の人は『私はうぬに未来を語ることを禁じられている』と言いながら、川の向こう側を見た。 オレもつられて川の向こう側を見ると、その人は『あちら側の存在が、こちら側の存在に未来を語ることは禁じられている。私は今、うぬの未来に係わる話をしようとしたため口を封じられたのだろう』と、説明してくれた。 この人、あっち側の人なの?ってことは、もう死んでるって、こと? 「私はうぬに、下界の説明は何も出来ないらしい。何の説明も出来ず、だが、長々と説得している時間もない」 「え?」 「五日だ。こちらに迷い込んだ人間が、下界に戻ることが出来る期限は、下界でいうところの五日」 「だから、オレは帰る気は……」 「こちらに迷い込んでから、下界時間の五日で戻らねば、うぬは下界の体と完全に切り離され、戻れなくなる」 帰らないと言うオレの言葉は、全く聞く気がないらしい。 「下界とここでは時間の流れが違う。うぬがここに来て、すでに下界では三日経とうとしている。あと二日のうちに戻らねば、うぬはサクヤヒメ様の御膝元に召されることになる」 「だから、それでいいんですって」 「うぬが下界に戻らないと言っているのを聞いた小僧が、私をここに飛ばした。……いや、違うな。あんな小僧に使われたわけではない。私も戻って欲しいのだ。うぬに」 「え?」 「下界に戻れ。……雨花」 え……”雨花”って……。 何でこの人、オレのこと”雨花”って、呼ぶの? わけがわからないのに、何故か無性に泣きたくなった。 何だろう?この気持ち……。 懐かしい、みたいな……。

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