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5日⑤

銀髪の人は、空を睨んだまま動かなくなってしまった。 え?どうしよう?全然動かなくなっちゃったけど、大丈夫なの? 「あの……」 銀髪の人に声を掛けようと一歩踏み出すと、オレの足の下に当然あると思っていた地面がなかった。 四日目。 「うわああああ!」 オレの体は、さっきまで渡りたいと思っていた”三途の川”に、意図せず落ちていた。 っていうか……三途の川って、思っていたより全然深い!うそっ! 川の水は透き通っていて綺麗なのに、川底が全然見えない。 どんどん水を吸う制服の重みで、もがくことすらきつい。 このまま沈んでいったら……どこに行っちゃうんだろう?……もしかして、地獄?! それでも……生き返ってふっきーを大事にする皇を見るよりは……いいかも。 もがくことを諦めようとした時、ふわりと体を包まれた。 「っ?!」 三途の川の中で、オレをしっかり抱きしめてくれたのは、さっき川のあちら側に立っていた、父上によく似た人だった。 「怖がらなくていい」 「え?」 「おいで」 父上によく似た人は、オレの手をしっかり握ると、オレの手を引いて、三途の川をさらに沈んで行った。 えっ?!嘘っ?!オレ……地獄に連れて行かれちゃう!? 抵抗すると、父上に似た人は『大丈夫だ』と、大きく頷いて、さらにオレを引っ張って、どんどん川を沈んで行った。 ええええ?!オレ、どこに連れて行かれちゃうの?! 川の中は、いつの間にか周りが真っ暗になっていた。 やっぱり、地獄に向かってる?! 「見てごらん」 ドキドキで吐きそうになっていたオレに、父上に似た人はそう言って、下を指差した。 指差した先は、ぼうっと明るくなっている。 えっ?!明るい?もしや、あそこ……天国? 父上に似た人は、さらにオレの手を引いて『見えるか?』と、明るく見える場所を、もう一度指差した。 見えるかって……何が?明るくなってるのは、見えてるけど……。 目を凝らして見ると、明るくなっているその場所の中心に、小さい箱があるのが見えた。 「箱?」 「もう少し近付こう」 さらに沈んで行くと、小さい箱だと思っていたものが、どんどん大きく見えて来た。 箱の中に、ベッドのようなものが見える。 さらに沈んでいくと、それが本当にベッドだとわかり、そのベッドに誰かが寝ているのがわかり、その寝ている人の周りの様子から、そこが病院のベッドだろうことがわかり、寝ている人の隣に、誰かが座っているのがわかった。 誰かが座っているのがわかってすぐに、ベッドに寝ているのがオレ自身で、オレの隣に座っているのが、皇だとわかった。 「こ、れ……」 「今のお前の体だ」 病院の天井くらいまで近付くと、ベッドで寝ているオレの手を握って、項垂れている皇の様子が、すぐそこに見えた。 皇……オレのこと……心配、してくれてるの? それは……嫁候補が減ったら、家臣さんたちからの信頼を失うから……って、こと? 「あんなに泣いていらっしゃる」 「え?!」 泣いて……?顔は見えないけど……皇、泣いてないと思う。多分。 「泣いてなんか……」 「よく見てごらん」 そう言われて、もう一度下を見ると、寝ているオレの手を握って、わんわん泣いている小さい子供がいた。 「えっ?!」 誰?!あの子、誰?さっきまでそこに皇がいたのに……。皇、どこ……? 「よく見るんだ」 「え?」 よく見ろって、何を?オレの手を握って、わんわん泣いている子を、ってこと? もう一度、泣いている子をよく見てみると、何か、どことなく……え?あの子って……もしかして……。 「……皇?」 だって……何かどことなく、面影が、ある。 父上に似た人は、小さく頷いた。 「え?でも……どうして?」 何で皇、小さくなってるの?何だかよくわからないけど、それより、あんなにわんわん泣いてるのに、どうして誰もいないの?! 「何で……」 母様は? 駒様は? 誰か皇のそばにいてあげてよ!あんなに泣いてるのに! 「皇!」 オレは、父上に似た人の手を振りほどいて、皇のところまでさらに沈んだ。 わんわん泣いている皇を抱きしめようとするのに、オレの腕は皇の体をすり抜けて、少しも抱きしめられない。 「皇っ!」 後ろから肩を掴まれて振り返ると、父上に似た人が、ふるふると首を横に振っていた。 「体が無ければ、抱きしめて差し上げることは叶わない」 「……」 父上に似た人は、オレの肩をポンッと叩くと『時間がない。決めなさい』と、言った。 「え?」 「あのお姿は、あの方の御魂(みたま)のお姿だ。実際に小さくおなりになっているわけではない。あの方の、御心のお姿なんだよ」 オレの手を握って、わんわん泣いている小さい子供……。それが……今の皇の、心? 「オレ……」 もう何でもいい! 今、皇を抱きしめたい!抱きしめて、もう泣かないでいいよって、大丈夫だよって、言ってあげたい! 「大事な方なのだろう?」 父上に似た人は、わんわん泣いている皇を見た。 「……はい」 大事だよ!何よりも……。 だから今、泣いてる皇を抱きしめたい! だけど……だけど、何よりも大事だから……抱きしめたあとで失うのが……何よりも……怖いんだ。

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