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5日⑧

検査のための準備をしながら、今オレが寝ているここは、しらつき病院の特別棟だと、母様が教えてくれた。 階段から落ちたオレは、受け入れ可能な病院に救急車で運ばれたそうで……。 その病院で色々な検査をされて、移動させても問題ないという診断を受けたあと、三の丸よりも設備が整っているしらつき病院に転院してきたのだそうだ。 「最初に運ばれた病院で、異常はないって言われたんだけど……心配なところだけ、もう一度調べさせてね?」 そう言って母様は、オレをベッドに寝かせたまま、色々な場所に移動させて、母様が心配だと思う箇所……オレには何の検査かよくわからなかったけど……の、検査をしてくれた。 検査を終えて病室に戻ると、皇と父上、柴牧の母様、はーちゃんが、心配そうな顔で迎えてくれた。 みんなの心配を吹き飛ばすように、母様が『ごめん、二時間くらいかかっちゃったね。ちょっと念入り過ぎたかな?』と、オレのベッドを押しながら笑った。 検査、二時間もかかってたんだ? 時計を見ると、もうすぐ2時になるところだった。 午後の2時かと思ったけど、カーテンの隙間から見える外は真っ暗だ。 ベッドのすぐ隣にいた皇に『今、夜中?』と聞くと『ん?そうだ。夜中だ』と、このうえなく優しい声で答えて、頬にかかっていたオレの髪を耳にかけると、そっと頭を撫でた。 ……。 そんな風にされたら……怪我してなくても、胸が、苦しいよ。 泣いている小さい皇を見て、帰るって決めたけど……。 ふっきーの顔が、頭に浮かんだ。 母様にしてもらった検査で、ひとまず脳と内臓には異常がないだろうとわかると、母様が明らかに憔悴している父上たちに『青葉は大丈夫だから少し休んだら?部屋を用意させたから』と、声を掛けてくれた。 父上たちは母様にお礼を言ったあと、オレに『またすぐ来るから』と言って、病室を出て行った。 「さて、千代も休みなさい。青葉には私が付いているから」 「今しばらく、そばにいてはいけませんか?」 皇が、オレをふっと見下ろした。 もう心配要らないのに、皇、オレに付いててくれるの?オレ、お前にそんなことしてもらって……いいの? 「オレ、大丈夫、だよ?」 さっきよりも声が出るようになっている。 痛み止めも効いているようで、体もだいぶ楽になっていた。 皇も休んだほうがいいんじゃないの?疲れた顔をしている。 オレのすぐ隣に立つ皇を見上げると、皇は顔をしかめた。 「そなたはそうでも、余はそうではない」 「え?」 母様は『青葉の絶対安静は変わっていないからね?少しだけだよ?』と、皇を軽く睨んだあと、ふっと表情を緩めて、部屋を出て行った。 「雨花」 母様が病室を出て行くと、皇は、布団の中にあったオレの手を取って、そっと両手で包み込んだ。 ……あったかい。 皇がオレの手を包みながら、何かを言いたそうにしているのがわかる。 でも、しばらく待っても、皇は口を開こうとしない。 お互い何も言わないで、時間だけが過ぎていった。 だけど……重ねた手から、ただ皇の体温を感じているだけの時間が、オレにはすごく……すごく、嬉しかった。 皇のこの温もりを、オレは近い将来……手放さないといけない。今はこんな風に、独り占め出来ていても……。 「雨花……」 皇はオレを呼んで、少し開いた口をまたすぐに結んだ。 何かを言いたそうにしているのはわかるのに、皇が何を言おうとしているのか、オレから聞くことが出来ない。もしかしたら、ふっきーに決めたって、言われてしまうかもしれないと思うと……怖くて……。 皇は項垂れたまま、ようやく口を開いて『占者殿は夢を渡る。そなたがサクヤヒメ様のもとを漂っている間、そなたの様子をずっと見ていらした』と、言った。 占者様が、オレの様子をずっと見てた?!それって……皇も、オレがサクヤヒメ様のところで何をしていたのか、知ってるってこと?皇がふっきーを選ぶなら戻らない!なんて、言ってたことも? 血の気が引くような気持ちで皇を見ると、皇はオレをちらりと見て、また何かを躊躇っているように口を結んだ。 やっぱり……皇がふっきーを選ぶなら戻らないなんてオレが言ってたことを知っていて……困ってる? ……どうしよう。 何も言えず、逃げたいオレの気持ちを分かったかのように、皇はオレの手を軽く包んでいた手に、キュッと力を入れた。 「雨花」 キッパリした声で、皇がオレを呼んだ。 「そなた……何故……生き返ることを拒んだ?」 「え?!」 お前……オレが何で帰らないなんて言ってたのか、その理由……知らないの?占者様に聞いてないの? 「余は……それっぽっちの存在か?」 「え……」 何? 「余がどれほど……」 皇はまた口を結ぶと視線を落として『どれほど……』と、もう一度小さく呟いて、痛いくらい、オレの手を握った。

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