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5日⑫

母様と皇と一緒に乗った救急車は、あっという間に曲輪に到着した。 オレは梓の丸には戻らずに、このまま三の丸に入院することになった。 救急車の扉が開いて、最初に見えたのは、三の丸の外灯の下、ちょこんと座っているシロだった。 「シロ……」 いつものシロの姿だ。こんなシロを見ていると、何もかもただの夢だったんじゃないかって気がしてくる。だけど……あれは夢じゃない。 シロ、オレの守護者とか言ってたけど……一体ナニモノなの? あ!そう言えば……いつだったか母様にシロの犬種を聞いた時”こまいぬ”って言ってた。 こまいぬなんて犬種、聞いたことないって思ってたけど……こまいぬって……もしかして神社とかで神様の前に、対でちょこんと座ってるアレ?!うわっ! 母様が言っていた”こまいぬ”が、今ようやくオレの中で、あの狛犬と重なった。母様があの時しきりに『犬?』って、疑問形で話していた理由が、今ならよくわかる。 確かに狛犬って、犬なのかな? あ、そう言えば皇が、シロには対のなんちゃらがいるって、言ってたじゃん!あの時は意味が分からなかったけど……うわぁ、シロって本当に狛犬なんだ?え?サクヤヒメ様の狛犬ってこと? 「お待ちかねだ」 母様はくすくす笑いながら救急車を降りると、シロの頭をグリグリ撫でた。 「さ、一緒においで、シロ。青葉のこと、よろしくね」 シロはぶるっと全身を震わせると、オレが寝ているストレッチャーの隣にぴったりついて来た。 三の丸の特別室に運ばれた時には、すでに早朝といってもいい時間だった。 「千代は戻る?」 「戻らねばならぬ時まで、ここにいてはいけませんか?」 「ん?……青葉は千代がいてもいい?」 「えっ?」 オレ?……が、それを決めていいの? ちらりと皇を窺うと、ギロリと睨まれた。オレが睨み返すと、皇はほんの少し口端を上げて『雨花は私の嫁候補。雨花がそれを決めて良いのであれば、私はここにおります』と、オレはまだ何も言っていないのに、皇がそう返事をした。 まぁ、別に……それで、いいんだけど……。 母様はふっと笑うと『うん、わかった。でも二人共ちゃんと寝るんだよ?千代もろくに寝ていないんだから』と、腕を組んだ。 「はい」 「うん。じゃ、千代のベッドを用意するね」 そう言って母様が出て行ってしまうと、シロがオレのベッドに乗ってきた。 「シロ……ありがとね」 本当に色々、ありがとう。 シロの頭を撫でると、シロはオレに頭を擦り付けてきた。 ああ、”しろがね”さんと、同じ感触だ。 シロと話すことはもう出来ないのかな?皇は、シロと話したことがあるんだろうか? 「皇」 「ん?」 「皇はシロの……本体?っていうのかな?見た事、ある?」 「本体?……人型のシロか?」 「そう!それ!しろがねさん!」 「いや、ない」 「そうなんだ?オレ、サクヤヒメ様のところで会ったんだ。すっごいかっこ良かったよ。北欧系?って、いうのかな?銀髪の長髪で、背が高くって……」 シロの説明をしながらふっと皇を見ると、眉間に皺が寄っている。 え?不機嫌? 話を止めて『何?』と、聞くと『いや』と、相変わらず不機嫌そうに返事をされた。 「……」 ま、いっか。皇ってたまに急に不機嫌になるんだから……。 「シロがオレをここまで連れ戻してくれたこと、占者様に聞いた?」 そう言ってもう一度シロを撫でると、横になっていたシロは、薄く目を開いてオレを見たあと、またすぐに目を閉じた。 「シロが?」 「うん。え?聞いてない?」 「ああ」 オレは、おじい様が三途の川に沈んでしまったあと、シロがオレを川から引き上げてくれて、ここまで連れ戻してくれたことを、覚えている限り細かく、皇に話して聞かせた。 「そなた……シロのために、戻って参ったのか?」 「え?」 皇を見上げると、重なった視線をふいっと外された。 あ……さっきも皇に、こんな風にされた!え?いつだっけ? そうだ!父上たちに、おじい様の話をしている時だ。おじい様のために戻って来たのかって皇に聞かれて、その時目が合ったのに、ふっと視線を外されて……。 冷たい感じじゃなかったけど……なんて言うか……何だろ? だけど……何言ってんだよ。何で今の話で、シロのために戻てきたのか、なんて話になるわけ?オレが戻って来たのは、おじい様のためでも、シロのためでもないのに。 皇に『違う』と言おうと口を開こうとした時、母様がベッドを押して戻ってきた。 「千代もしっかり寝るんだよ」 そう言われた皇は『わかっております』と、少し口を尖らせた。 ……子供みたい。 オレの手を握りながら、泣きじゃくっていた小さな皇を思い出した。 オレが今ここにいるのは……おじい様のためでも、シロのためでもない。 泣いてる小さいお前のこと、『泣かないで』って、抱きしめたかったから……なんだよ?

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