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5日⑭
「痛んだか?!」
皇がオレを見下ろしながら、心配そうに顔をゆがめてる。
ふわって、ほんの少し重なっただけの優しいキスなのに、痛いわけないじゃん、バカ。
首をゆっくり横に振ると『どう致した?』と、さらに心配そうな顔をする。
どうした……って、言われても……。
ただ、お前が……大好きって、改めてそう思った、だけだよ。
「オレ……」
「ん?」
「……」
たった二音が、どうしても出ない。
「どう致した?」
「……戻れて、良かっ……」
『好き』の二音の代わりに絞り出した言葉も、最後まで言えず、涙がこぼれた。
皇がオレの目尻にキスをして、涙を拭うように、頬を強めに撫でた。
「……」
「……」
しばらく無言で見つめ合ったあと、皇が何故か、泣きそうな顔をした。
「す……」
「そなたを、待っておった」
皇……。
皇が泣きそうな顔で、そんなことを言ってくれるから……また泣きたくなるじゃん。
皇……本当にオレのこと、待ってて、くれたんだ。
涙をこらえて、口を開けない。
オレだって……お前にオレのこと、帰って来いって、思ってて欲しかった。
……誰よりも、お前に。
「……」
そのあと、もう一度皇は、オレの頬を撫でた。
今度はゆっくり……オレのこと、確かめるみたいに……。
大事に、されてる。オレは、皇に大事にされてる。こんなふうに触られたら、それを疑うほうがどうかしてる。
それでも……怖いんだ。オレはお前にとっての、たった一人じゃないから……。
でも……諦めなくていいんだよね?オレはまだ、お前の嫁候補でいても……いいんだよね?
「待っておった。……誰よりも」
「っ?!」
『誰よりも』……その言葉に、胸の奥で、心臓が大きく揺れた。
本当に?本当に誰よりも待っててくれた?
オレも……誰よりもお前に、待ってて欲しかったよ?
「……もう寝ろ。何かあれば、すぐ申せ」
オレの頭を撫でて、額にキスした皇の香りが、ふわりとオレを包んだ。
誰よりも、皇に待ってて欲しかった。皇はそう言ってくれたけど……それでもどこか違うと思ってしまうのは……オレが本当に知りたいことが、わからないからだ。
オレを待っていてくれたのは、嫁候補が減ったら困るからなのか、"オレ"だからなのか。
でもそれは、聞いたらいけないこと、なんだよね。
皇のことが好きだって、自分の気持ちに気付いてから、その疑問がことあるごとに頭に浮かんでくる。
だけど皇は、自分の気持ちを言ったらいけないし、オレはそれを皇に聞いたらいけない。
でもオレが本当に知りたいのは……それなんだよ。すごく欲しかった言葉をもらっても、気持ちがわからないから……心の底から、喜べない。オレが本当に欲しいのは……皇が言ったらいけない、皇の気持ち、なんだ。
オレのこと、どう思ってるの?もう、どんな返事でもいいから、お前の口から聞きたいよ。
……でも、聞けない。
お前を困らせたくない。
「……うん」
皇はオレに背を向けて、少し離れたところに置かれたベッドに向かった。
すぐそこにいるのに、背を向けられたことが無性に寂しい。
皇に大事にされてるのはわかってる。だけど、その理由がわからない。だから……こんなに寂しいし、怖くなるのかもしれない。
「皇」
今のオレは、どこまでお前を求めていいの?どこまでだったら、許してくれるの?
「ん?」
皇が、こちらを見もせず返事をした。
手が届きそうなのに、届かない、このベッドの距離が、皇との距離みたいに思える。
もっと近くに、いきたいよ。お前の気持ちが聞けないなら、せめて、手が届くところに、いさせてよ。お前のこと、諦めないでいいんだって思えるところに、いさせてよ。
「あ、の……」
「どう致した?」
ようやくこちらを向いた皇は、布団をめくって、ベッドに入ろうとしていた。
「ベッド……くっつけたら……駄目?」
そう言うと、皇がものすごく驚いた顔をするから、咄嗟に『失敗した』と思った。
やっぱり……ダメだよね。
「あ!いや、シロが落ちそうかなって、思った、ん、だけど……シロ、大丈夫そう、だよね。あ……何でもない」
オレのベッドで、シロは余裕で寝ているのに、そんな言い訳をして、皇から目をそらした。
後ろでふっと皇が笑ったのがわかって振り向くと『そうだな。シロが落ちるやもしれぬ』と言いながら、すぐにベッドをピタリとくっつけた。
「……」
オレ……お前の隣にいて、いいの?
すぐ隣で横になった皇のほうに、ちょっとだけ伸ばした手は、布団の中で、すぐにあったかい皇の手に包まれた。
「……」
皇……。
オレ……帰ってきて、良かったんだよね?皇の、ところに……。
包まれた手から、じんわりと皇の体温に全身を包まれたみたいにあったかくなっていって、長くゆっくりと息を吐いた。
こちらに戻ってから……いや、戻る前から、かな?ずっとどこか緊張していたんだなって、ふっと気が抜けた今、そんなことに気が付いた。
今……皇の隣にいて、いいんだよね?オレ。
恥ずかしくて見られなかった皇のほうにちらりと視線を向けると、皇は口端を上げて、目を閉じていた。
皇と重なっている手で、皇の親指をきゅっと握ると、皇も何も言わずに、ぎゅっとオレの手を握り返してきた。
そんなことを何度か繰り返したあと、オレも皇も、何の言葉も交わさないまま、いつしか深い眠りについていた。
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