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祭りの準備をしようじゃないか④
「そ……だけど……いいの?冷めちゃうよ?」
「もとより、冷めておる」
そっか。皇はいつも本当に毒見をされたご飯を食べてるから、普段から熱々のご飯は食べられないんだった。
そこに母様が戻って来た。
「あれ?千代、ここでご飯?」
「はい」
「へぇ……病院でご飯食べるの、嫌がってなかったっけ?」
皇は眉を寄せて『記憶にありません』と、返事をした。
母様は『都合のいい海馬だな』と、鼻で笑って『さて、どこから採ろうか』と、オレの腕を掴んだ。
うわ……血液検査、苦手なんだよね。
目が覚めてすぐの検査でも採血されたけど、あの時は苦手とか思ってる余裕すらなかったから……。
ふっと皇を見上げると『ん?』というような顔をしたあと、察したように口端を上げて、オレが座っているベッドのすぐ隣に座った。
オレの袖を捲って、肘の内側をアルコール消毒し始めた母様が、オレの顔を見て『あれ?採血ダメ?』と、驚いた顔をした。
「あ……」
こんなんじゃ、医者になるのは無理とか、思われちゃうかな……。
「私も未だに採られるのは嫌だよ」
母様はそう言って笑いながら、注射器を手に取った。
「御台殿の採血は痛くない。すぐ終わる」
そう言った皇が、オレの頭をガバッと自分の胸に引き寄せた。
「どあっ!」
「はい、終わり」
「ぅえっ?!」
え?終わり?採血、終わり?
母様がいるのに、皇、何してんの!なんて思っている間に、本当に採血終わったの?
母様を見ると、すでにオレの血液らしきものを、ふるふると振っていた。
本当に採ってる!早っ!母様すごい!
「どうだ?」
何故かドヤ顔の皇が、そんな風に聞いてくるから『全然痛くなかった!』と、満面の笑みで答えてしまった。……と、思う。
さっきまでオレ、皇にあんなに反発してたくせに……ま、いっか。
『全く世話が焼ける』と言いながら、ベッドから立ち上がった皇を見た母様が『千代、具合悪い?』と、聞いた。
「え?」
皇、具合悪いの?
「顔赤いよ?熱計る?」
「何でもありません。少し外します。雨花を頼みます」
皇は振り返らずに、病室を出て行ってしまった。
「何あれ?え?照れてたの?え?今、照れるポイントあった?」
母様はオレのカルテに何かを書きながら、鼻で笑った。
照れてた?え?何で?オレにもわからない。
「千代のことはいいとして……。さて、じゃあ朝ご飯、食べていいよ。梓の二位がおまちかねだろう」
母様は廊下のほうに向けて『お待たせ!』と、声を掛けた。
ふたみさんが嬉しそうに、朝ご飯を乗せたお膳を持って、病室に入って来た。
「まずはドロッとした物を、少しだけだけどね」
母様はお膳に乗っている物をチラリと見て、『梓の二位が作ったものだと思うとドロドロの治療食も美味しそうに見えるね』と、にっこり笑った。
「昨日からするとだいぶ良くなっているようだけど、もう少し入院してもらうよ。しばらく側仕えたちは、屋敷とこちらを行き来することになるけど……」
そう言うと、ふたみさんの後ろから入って来たいちいさんが『それに関しましては、何の問題もございません』と、にこりと笑った。
「うん。さて……千代はどこまで照れ隠しに行ったんだか」
母様は『ご飯を食べたらシロと千代と一緒に散歩にでも行ってみるといいよ。リハビリを兼ねて、疲れない程度にね』と、笑って『千代を探してくるね』と、手を振って病室を出て行った。
母様が出てから、そんな経たずに、いつも通り無表情の皇が戻って来て、一緒に朝ご飯を食べ始めた。
一週間近く昏睡状態だった割には、案外食べられたとは思うけど、やっぱり全部は食べきれそうにない。
どうしよう、残していいかな……と思っていると、皇が『どのような味だ。余にも食わせてみよ』と言って、残してある物を食べてくれた。
オレ用のドロドロなのに……。
『ありがと』って、小さい声で礼を言うと、皇は『ん?』と、とぼけて口端を上げた。
「あ、あのね?母様が、散歩に行ってみたらって……。リハビリに。シロと、お前と……一緒に」
「ああ、そうか」
皇はいちいさんに『雨花の着替えはあるか』と、確認してくれた。
皇が一緒に散歩に行ってくれるのか心配で、着替えのことなんて、考えてなかった。
って、着替えの前に……。
「あ!オレ、お風呂入りたい」
一週間近く昏睡状態だったんだから……。
そう思ったら、急に自分が匂うような気がしてきた。
「あ?そなたの体は余が拭いておったゆえ、そうそう汚れてはおらぬはず」
「はいぃっ?!」
ななみさんが頭を洗ってくれていたっていうのは、さっき聞いたけど……。
皇が、オレの体を?!
嘘っ!恥ずっ!
だって、酸素吸入器とか色々繋がれてたのに、そんな時に体を拭く必要あったの?
「そんな……拭かなくたって……」
必要なかったでしょ?
皇は『目覚めぬともそなたは生きておるのだと……そなたの体温を、感じていたかった』と、オレの手を取った。
皇……。
皇としばらく無言で見つめ合ったあと、ハッと我に返って視野を広げると、真っ赤な顔で俯いているいちいさんが視界に入った。
「っ?!」
いちいさんがいたんだったぁぁぁ!
恥ずーーっ!
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