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祭りの準備をしようじゃないか⑤
いちいさんがいるっていうのに、何、皇と見つめ合っちゃってるの!オレ!
いたたまれない様子のいちいさんに気付いちゃったオレもいたたまれない!
空気を変えようと『やっぱりお風呂に入りたい!』と言うと、皇が『御台殿に伺って参る』と、病室を出て行った。
皇が出て行ってすぐに、いちいさんが『はぁ……』と、ため息を吐いた。
うっわ、変なところを見せてごめんなさい!いちいさんっ!
「大丈夫、ですか?」
窺うようにいちいさんを見ると、にっこり笑って、何度か大きく頷いた。
あれ?嬉しそう?
「若様と雨花様が、お幸せそうに微笑み合われる日を……我々側仕え一同、ずっと待っておりました」
そう言っているそばから、目が潤んできたいちいさんを見て、オレまでもらい泣きしそうになった時『よろしいでしょうか?』と、さんみさんが病室に入って来た。
「はい」
「杉の丸から連絡がございました。楽様が、お見舞いにいらっしゃりたいと……」
「えっ?!」
天戸井が?!
「いつお見えですか?」
「こちらの都合を聞きたいとのことで……出来れば早々にお見えになりたいそうです」
「どうなさいますか?雨花様」
何で、天戸井が?
階段から落ちていく時、ふっきーと一緒に、ものすごく驚いた顔をしていた天戸井の顔が頭に浮かんだ。
もしかしたら……天戸井にも心配、かけたのかな?オレのことなんか、どうとも思ってなさそうだけど……。どういうつもりなんだろう?だけど”お見舞い”なんだよね。
どういうつもりかわからないけど、お見舞いを断る理由はない。
「あ、はい。じゃあ、あの……楽様のご希望の時間にいらしていただけたらと、伝えてもらえますか?」
「かしこまりました」
すぐに病室を出たさんみさんと入れ違いで、皇が『シャワーなら良いそうだ』と言いながら、病室に入って来たんだけど……今はもう、お風呂どころじゃない。
「皇」
「ん?」
「天戸井が、お見舞いに来たいって……」
「あ?……ああ、楽か。それがどう致した?」
「どうって……」
どうしたって……天戸井とふっきーが揉めてること、ふっきー、まだ皇に話してないのかな?
ん?あれ?それを皇が知っていても知らなくても、オレが天戸井と揉めているわけじゃないんだから、オレが気にすることじゃない……か?
「楽もあの場におったと聞いた。見舞いに来るのは、不思議なことではあるまい」
「あ、まぁ、そ……なんだけど……」
そうなんだけど、天戸井の場合は、そうじゃないっていうか……。
何が気になるって……。オレは……ふっきーのことを、皇の嫁候補同士、ライバル……っていうよりも、大事な友達って思ってる割合のほうが、今では全然大きいわけで……。
そのふっきーに敵意を持っている天戸井の見舞いを受けるってことが……なんて言うか……ふっきーを裏切ることになるような気がして……何か……何かなんだもん。
「楽はいつ参る?」
「え、っと……」
そこにさんみさんが戻って来た。
天戸井は支度をして、すぐこちらに来ると言う。
「あ!お前、ここにいていいの?」
そうだよ!天戸井が来た時、お前がここにいたら、オレばっかり優遇してる……とか、また言われちゃうんじゃ……。
いや、杉の一位さんなら大丈夫かな?
樺の一位さんとか桐の一位さんなら、オレばかり優遇してるとか絶対言いそうだけど……杉の一位さんは皇がここにいても、そんなこと言わない、かな?
杉の一位さんって、どことなくうちのいちいさんに似てて、にこやかでおっとりしてるイメージだし……。
いや、でも天戸井本人のほうが、なんだかんだ言いそう。
「あ?」
「オレばっかり優遇してるとか、言われない?」
皇は『そなたには死にかけておったという自覚はないのか』と、大きくため息を吐いた。
「え?」
「良い。余がおっては気になると申すなら、席を外す」
病室を出て行こうとする皇の背中に向かって『皇!』と、呼び掛けた。聞いておかなきゃ!と思うことがあったから。
「ん?」
振り向いた皇は、不機嫌そうだ。
「あの……さ」
「ん?」
「天戸井と会ったあと、に、ね?さっき話した、リハビリも兼ねて、散歩に、行こうかなって……。だから……あの……一緒に……行って欲しぃん、だけど……」
ぼそぼそとそう言って皇を見ると、視線が合った途端に、皇はくるりと背中を向けてしまった。
「あ……忙しい、よね?シロと一緒に行って来る」
天戸井との面会がいつ終わるかわからないのに、そのあとで一緒に散歩に行って欲しい、なんて……オレの都合に合わせるほど皇が暇なわけないよね。
「三の丸の母屋におる。散歩に行く準備が出来たら、使いを寄越せ」
「え?」
いいの?
「必ず呼びに参れ」
皇はこちらに振り向くことなく、カツカツと歩き出した。
扉の近くに立っていたいちいさんとさんみさんが皇を見て、何故か驚いた顔をしたあと、慌てて頭を下げた。
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