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祭りの準備をしようじゃないか⑥

『皇、不機嫌でしたよね?散歩はシロと二人で行ったほうがいいかな』と言うと、いちいさんに『それはいけません!必ず若様とご一緒ください!』と、食い気味に言われた。 『え?でも……』と躊躇うと、いちいさんは『出て行く若様のお顔が見えていれば、不機嫌とは程遠いとわかっていただけたのでしょうが』と、眉を下げた。 え?皇、不機嫌じゃなかったの? 『え?』と言うと、いちいさんは『お誘いしないほうが酷ですよ』と、ニッコリ笑った。 え?こく?何? いちいさんが何を言っているのかわからないでいると、ドアをノックする音が聞こえた。 「楽です」 ドアの外からハッキリと、天戸井の声が聞こえた。 天戸井、もう来たの?! オレ、まだパジャマだよ?! いちいさんを見ると、こくりと頷いてガウンを取ってくれた。 「楽様、どうぞお入りください」 いちいさんがすぐに病室の扉を開いて天戸井を招き入れると、その後ろから、杉の一位さんも入って来た。 天戸井は深々とこちらに一礼したあと、いちいさんが勧めた椅子に座って深呼吸した。 「ご容体はいかがでしょうか?」 今まで天戸井の口からは、憎たらしい言葉しか聞いた覚えがない。 こんな風に丁寧に容体を聞かれたことに驚いて、どもりながら『大丈夫です』と、ようやく返事をした。 小さく頷いた天戸井は、しばらく視線を落としたまま黙りこくった。どうしたんだろう?と思っていると、天戸井の後ろに立つ杉の一位さんに『楽様』と、声を掛けられた天戸井が『あの日』と、口を開いた。 「え?」 あの日? 「あなたが階段から落ちた日……」 「あ、うん」 やっぱり、あの日のこと、天戸井も気にしててくれたのかな? 「少なからず……あなたが階段から落ちたのは、僕も原因の一つかと……謝罪に参りました」 「え?!何で?天戸井は何もしてないじゃん」 だってあれは、事故じゃん。天戸井は、わざとふっきーを押したわけじゃない。オレも見てたからわかってる。 「いえ!僕があの人の……お詠様の腕を掴んだがために、あなたが体勢を崩して……」 「あ、まぁ、そうなのかもしれないけど……オレが落ちたのは、天戸井のせいでも、ふっきーのせいでもないよ。不可抗力だよ」 オレが落ちたのは、誰か一人のせいってわけじゃないじゃん。誰もオレが落ちるなんて、想像出来なかったよ。オレ自身だって、落ちるなんて全く考えてなかったもん。 「……僕を、責めないん、ですか?」 「責めようもないよ。何もされてないんだもん」 「……」 天戸井はふっと視線を下げた。 そっか……やっぱり、天戸井もずっと気にしてくれてたんだ。 そう、だよね。オレが天戸井でも、気にしてたと思うもん。 でも天戸井は、何にも気にすることなんかないのに……。 「天戸井は、ホントに全然悪くないよ?オレにもうちょっと運動神経があったら、こんなことになってなかったんだ。気にさせてたなら、オレのほうがごめん」 階段から落ちた件についていえば、天戸井に対して責めたいなんて気持ちは、本当に微塵もない。 っていうか……うーん、こうなると、俄然、ふっきーに対する嫌がらせの件が気になってくる。 だってこんな風に謝りに来てくれる天戸井が、ふっきーに嫌がらせなんかする? 「……学祭の日の話を、していました」 「え?」 突然、何? 「あの日……お詠様に、学祭の日の話をしていたんです」 「あ、ああ、そう、なんだ?」 天戸井は、学祭でA組の出し物を壊したのは自分だと言われているようだけど違う、と、キッパリ否定した。 ふっきーのことを確かに敵視はしているけど、それはあくまで鎧鏡家の中のことで、関係ない人まで巻き込むつもりは全くないって。 天戸井は、ふっきーが受けている嫌がらせが、自分の仕業だと疑われているのは心外だからと、個人的に真犯人を調べていたという。 その結果、ふっきーに嫌がらせをしていたのは、B組の天戸井信者だったとわかったのだそうだ。 天戸井が有利になるように、ふっきーに嫌がらせを繰り返していたみたいだって……。 「そんな小細工をして勝ったとしても、何の意味もなく、何一つ嬉しくないと、嫌がらせをしていた者たちに伝えました。もう二度とお詠様に嫌がらせはしないはずです」 「そっ、か。はぁ……良かったぁ」 天戸井ってやっぱりいいヤツじゃん!あんなに美味しいお団子をみんなに振舞えるところからして、オレは薄々そうだと思ってた! 「あなたのことは端から敵視していませんでしたが……やはり正解のようです」 「え?」 「あなたが奥方様候補になっているのは、若様と候補たちをお守りするため……なのですよね?」 「え?」 何、のこと? 「今回……あなたが体を張ってお詠様を守られたことで、確信しました。あなたは次の直臣衆として、若様の奥方様候補をお守りするために奥方様候補に選ばれた、と、いうことなのですよね?」 何?それ? 「直臣衆について、僕は誤解していたところがあるようです。ただ名ばかりで偉そうに……と、思っておりました。ですが、あなたは鎧鏡家のために体を張った。その強い忠誠心に、感服致しました」 天戸井は、オレに深々と頭を下げた。

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