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祭りの準備をしようじゃないか⑧
「直臣衆のご家系から奥方様を選んではいけないということであれば、最初から雨花様のもとには桃紙が届かないはずです」
「あ、でも……その桃紙を誰に出すかを決める時、占者様は体調が悪かったんじゃないかって……そんな噂を聞いたことが……」
去年の夕涼み会で、そんな話をしていた家臣さんたちと喧嘩になったやつみさんが牢に入れられた話をいちいさんにすると『ああ、あれはそういう理由だったんですか。あとで八位に何か褒美を取らせましょう』と、おかしそうに笑った。
「雨花様」
「はい」
「鎧鏡一門の安泰を日々御祈願くださっている占者様が、鎧鏡一門の命運を握る奥方様になるかもしれない方々のご選出を、体調が悪い日にわざわざなさると思いますか?」
「……思いません」
「ええ、私も思いません。実際なさらなかったでしょう」
そうだ。皇も同じようなことを言ってた。占者様が間違えるわけないって……。
「直臣衆のご子息様だからと、奥方様候補を守らせるために雨花様をお選びになった……などということも、まずありえないと存じます」
「え?」
「雨花様が鎧鏡一門に対しての知識をお持ちでなかったことは、若様もご存知の上で、雨花様をお選びになったと聞いております。失礼ですが、若様が、そのような雨花様に、ご自分の奥方候補を守らせようとなさいますでしょうか?そのような目的で候補様を選びたかったのであれば、他にいくらでも適任の方がいらっしゃったはずですよ?」
「うっ……ですよね」
確かにそうだ。
オレは、梅ちゃんや誓様みたいに強くないし……自分で言うのもなんだけど、オレが皇だったら、オレに自分の嫁候補を守らせたいとは思わないだろう。
「楽様は、直臣衆というものを、よくご存知ないのでしょう」
「え?」
「雨花様が奥方様になったところで、柴牧家様が権力を振りかざすなど、到底考えられません」
「あ……はい」
オレも、それはそう思う。
「鎧鏡一門の中で、長くその地位を保たれていらっしゃるのは、それだけの理由があるのです」
「……はぁ」
理由……?
自分の父上のことなのに、オレは天戸井よりも多分、直臣衆としての父上のことをわかってないと思う。
「柴牧家は、鎧鏡一門の中でも、ご自身の家臣を多数抱えていらっしゃるご家系です。柴牧家様が権力を振りかざそうと思えば、雨花様が奥方様になるのを待たずとも、すでに出来ていらっしゃいます」
「へ?!」
「ですが、そうはなさっていらっしゃいません。柴牧家様の鎧鏡家への忠義心は、今更どれだけの権力を与えられたとしても、変わらないものと存じます」
「あ……ありがとうございます!いちいさん!」
父上のことを、いちいさんがそんな風に信じてくれていることに、めちゃくちゃ感動した。
「ですので、雨花様は何も心配をする必要はございませんよ」
「あ……はい」
「しかし……好都合な思い違いでいらっしゃる」
いちいさんは、ふっと鼻で笑った。
「へ?」
「いえ。あ……若様がお待ちかねかと存じます。お散歩はどうなさいますか?」
「あっ!はい!行きます!」
「はい。では、若様のもとに使いを走らせましょう」
「はい!ありがとうございます!」
いちいさんは、すごく嬉しそうに微笑んで、病室を出て行った。
とおみさんが用意してくれた服に着替え終わった時、ちょうど皇が病室に戻って来た。
開口一番『楽との面会はどうであった?』と聞かれて、オレは何より、ふっきーへの嫌がらせがもう大丈夫なんだって話がしたかったんだけど……オレからその話をすることは出来ないと思って、ただ口を尖らせて黙り込むと『何があった?』と、皇が本気で心配そうな顔をするから、何か、笑ってしまった。
「ううん。天戸井ね、いいヤツだった」
「あ?」
「あ!皇、今日は用事ないの?」
「ん?」
「散歩とか……付き合わせちゃって、大丈夫、なのかなって……」
いちいさんは、皇を絶対に誘うようにって言ってたけど……。
「そなたは誠、死にかけておったという自覚がないのか」
「え?」
呆れたようにそう言いながら、皇は、とおみさんからオレのコートとマフラーを受け取った。
「他にどのような予定があろうが、全て二の次だ」
顔をしかめた皇が、オレにコートを掛けてくれた。
「え?」
「せいぜいそなたはそうして、呆けておるが良い」
「はぁ?!」
「……うつけ者め」
皇は、オレの首にふわりとマフラーを巻くと、さらりとオレの髪を撫でた。
皇って……こういうことが、よくあるんだ。
怒ってるみたいなことを言うのに……やってることは、そうじゃないってこと。
言葉は嘘を吐くけど、行動は嘘が吐けないって……母様が言ってた。
でも……母様にそんな話を聞いてなかったとしても、皇が今、本当は怒ってないのは、わかったと思う。
だって……うつけ者なんて言うくせに……オレの髪を撫でる皇の手は、すごく、優しいから。
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