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祭りの準備をしようじゃないか⑨
側仕えさんたちが来た時から、病室のすみで大人しく寝ていたシロを起こして、皇と一緒に散歩に出掛けた。
オレの具合が悪くなった時、すぐに戻って来られるところまで……と、皇が言うので、本当は梓の丸を見に行きたかったけど、三の丸の遊歩道を歩くことにした。
「何かさ、しろがねさんのことを知っちゃったから……シロの散歩をするのも、何かなぁって思うんだよね」
「ん?」
「だって、シロ……本当は、あのしろがねさん、なわけじゃん?」
あの銀髪でカッコイイしろがねさんに、リードをつけて散歩させてるってことなわけじゃん?……うーん。
「ここでは、ただの犬のシロであろう」
「まぁ、そう、なのかもしれないけど……。だって、オレたちが言ってることとか、全部わかってるみたいじゃん」
「ああ、わかっておるであろうな」
「だろ?本当はシロ、散歩なんか必要ないんだよね?」
「必要なかろうな。そなたに必要ゆえ、シロが供をしておるまでであろう」
「……そっか」
前からそうは思ってたけどさ。
今だって、オレのリハビリに付き合ってくれてるんだもんね。
「歩いてみて、どうだ?」
「ん?うん。昨日に比べたら、本当に体がすっごく軽いよ」
「そうか」
皇は、シロの頭を優しく撫でた。
「シロ、よう雨花を連れ戻してくれた。余からも礼を言う」
皇……。
「そなたを戻すため、占者殿とシロには、大層骨を折ってもらった」
「え?」
皇は、オレが昏睡状態になってすぐに、占者様が、オレの魂がどうなっているのか見てくれたのだと話し始めた。
サクヤヒメ様のもとにたどり着いたオレが、こちらには戻らないと言っているのを聞いた占者様は、オレをこちらに戻るよう説得するため、もともとあちら側の存在であるシロを、オレのもとに飛ばしてくれたのだそうだ。
占者様とシロは、サクヤヒメ様のことで、どうやら仲が悪いらしいんだけど、いつもはいがみ合っている二人が、オレを戻すために手を組んでくれたらしい。
何で仲が悪いのかは、皇も知らないらしいけど……。
そんな風だから占者様は、シロがオレを連れ帰ってくれたなんて詳しい話までは、皇にしていなかったようだ。そこらへんは、オレから皇に詳しく話しちゃったけどね。
「占者殿とシロだけではない。そなたの回復を祈り、お焚き上げが連日されていたと聞いておる。お百度を踏んだ者も、何人もいたと聞いた」
「え?おひゃくど?」
「お百度参りだ。聞いたことはないか?」
「あ!ある!え?」
オレが、こっちには戻らないなんて言っている間に、こっちではそんな風に、オレが戻って来るのをみんなで祈ってくれてたんだ……。
「そなたの目覚めを、みな、待っておった」
「オレ……」
いつでもこちらに戻れたのに戻らなかったのは、オレがそれを望んでいたからだ。
オレが意識を戻すのを、みんながそんな風に祈りながら待ってくれていたなんて、全然想像もしないで……。
皇を見上げると『そなたがどれだけ重要な存在かわかったか』と、ポンッと頭を撫でた。
「……うん」
こちらに戻ってみて、オレがどれだけ大事にされてるか、改めて本当にわかった。
「二度と……要らぬ存在ではないかなどと、疑うでない」
「……ん」
皇は小さく頷いて、またオレの頭をポンポンっと撫でた。
「オレ……みんなにお礼がしたい」
「ああ。余も共に礼を致そう」
「うん」
嬉しくて、皇の胸にぽすんっと額をつけると、皇は躊躇うように、そっとオレを抱きしめた。
オレがぎゅっと皇の背中に腕を回すと、オレを抱きしめる腕に、ほんの少し力を入れて『痛まぬか?』と、聞いてきた。
『うん』と返事をすると、さらに抱きしめる腕に力を入れて『痛まぬか?』と、また聞いた。
『全然』と返事をすると『そうか』と言って、ぎゅうっとオレを抱きしめた。
そういえば……目が覚めてから、こんな風にしっかり皇に抱きしめられたの、初めてだ。
そう気付いて、オレもさらに強く皇を抱きしめると、皇はオレの頭に、すりっと頬を擦り付けた。
「ようやく……そなたが戻って参ったと……実感出来た」
皇……。
「……ただいま」
ふっと笑った皇は『うつけが』と顔をしかめると、もう一度オレをしっかり抱きしめて『よう戻った』と、オレの耳元で、小さくそう呟いた。
そのあと、今朝、側仕えさんたちに聞いた話を皇にしながら、三の丸の遊歩道をゆっくり歩いた。
はーちゃんが日本に帰って来て、うちのいつみさんと知り合いになったってことが、一番驚いたかもって話すと、ふっと笑った皇に『そなたは家族の前では幼く見えた』と、言われた。
そう言われて、はーちゃんに『若様には甘えたなのね』って言われたことを思い出して、何も考えずに、皇にその話をすると、皇はちょっと驚いた顔をしたあと『そうか』と、ものすごく優しい顔で笑った。
そんな風に笑いかけられたあと、自分が恥ずかしい話をしまったことに気が付いた。
でも……話して良かった、かも。
皇が、笑ってくれたから。
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