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祭りの準備をしようじゃないか⑩

病室に戻ると『もう昼の検温の時間だよ』と、母様が体温計を持って待ってくれていた。 昼の検温と血圧測定をしてもらって、ふたみさんが作ってくれたお昼ご飯を、皇と一緒に食べた。 オレのお昼ご飯はおかゆだったけど、朝よりもちょっとお米の粒が入ったおかゆになっていた。 これで大丈夫そうなら、夕飯はもう少し固形物を食べてもいいと母様が言うと、オレよりも先にふたみさんが喜んでくれて、それを見てみんなで笑った。 お昼を食べたあと、高遠先生がお見舞いに来てくれた。 高遠先生は、オレが暇だろうからと、どっさり課題を置いて『授業の再開は、主治医と要相談だ』と、ウインクして帰って行った。 携帯電話を開くと、田頭やサクラ、かにちゃんやら生徒会の面々、クラスメートから、メッセージが何通も入っていた。 学校の階段から落ちて、救急車まで来る騒ぎになったんだから、みんなが知っていて当たり前なんだけど……。 隣で本を読んでいる皇とポツポツ話しながら、メッセージの全てに返事をし終えると、夕飯の時間になってしまった。 母様に、舞の稽古をして欲しいとお願いすると『今日は本当に少しだけだよ』と言って、夕飯のあとに時間を作ってくれた。 オレが舞の稽古をする間、本丸で用事を済ませて来るという皇と一緒に病室を出て、オレは、舞の稽古に同行してくれることになったいちいさんとここのいさんと一緒に、母様たちが住んでいる母屋に向かった。 舞の稽古をしてみてわかったけど、やっぱり左の鎖骨が、結構痛む。 でも、折れてはいないと思う……んだけど……。 ただの打撲だとしても、痛いなんてことがわかったら、皇に舞の奉納を止められてしまうかもしれない。 何とかみんなにわからないように頑張ったつもりだったのに、稽古が終わると、ここのいさんが『左側を庇っていらっしゃいますね』と、こっそり聞いてきた。 うっわ……さすが看護師さん。 でも、ここでバレるわけにはいかない! 『まだ体がなまってるからだと思います』と、誤魔化したつもりだったんだけど……病室に戻るとすぐ、ここのいさんが、しいさんを連れて、何だかよくわからない機械を押して来た。 『心配なので、念のためレントゲンを撮らせていただきます。若様がお戻りになる前にすぐに済ませますので』と、廊下を気にしながら、テキパキと準備を始めた。 痛みがあるのはどこなのかと聞かれ、答えるのを躊躇っていると、皇には言わないと、ここのいさんが言ってくれたので、その言葉を信じて、左の鎖骨だと正直に話した。 実はしいさんが、レントゲンを撮るための資格を持っているってことを、この時初めて知ったんだけど、いつもはおちゃらけているしいさんが、さっとレントゲン撮影をしてくれたのは、すごいかっこよかった。 そのしいさんが、オレの鎖骨を映したレントゲン写真を見ながら、あちゃあという顔をした。 「ヒビ、が入っているようですね」 「えっ?!」 医者ではないので詳しい診断は出来ないけど、左の鎖骨にひびが入っているようだと、しいさんは眉を下げた。 そばにいたいちいさんが『舞の奉納はご辞退なさったほうが……』と、オレに頭を下げた。 ここのいさんも『私も一位殿の意見に賛成です』と、顔をしかめた。 「あの……見なかったことに、していただけませんか」 「雨花様、舞われるおつもりですか?万が一 悪化なさったら……」 「悪化したとしても……どうしても舞わせていただきたいんです」 「何故そこまで……」 オレは、行事参加もまともに出来ない候補に、奥方様が務まるのだろうかという噂が、家臣さんたちの中にあると、大老様から聞いたことを話した。 あの時、いちいさんも一緒にいたから、いちいさんはよく知っているはずだ。 いちいさんは『そのような噂など気にする必要はございません』と、言ってくれたけど……そうじゃないんだ。 オレ自身が、行事参加もまともに出来ないオレが、皇の嫁に選ばれるわけないって、ずっと負い目に思ってたんだ。 だから、そんな噂がすごく気になってしまうんだと思う。 もうそんな風に、自分で自分を否定しないように、今回の舞の奉納をしっかりやらせてもらいたい。噂なんか気にならないように……。 その話をすると、いちいさんたちは黙ってしまった。 「オレ……自分が原因で、皇を諦めなきゃいけないようなこと、もうしたくないんです。これくらいの痛みで舞の奉納を取りやめたら……オレ……皇に選ばれなかった時、今回の舞の奉納をやめるって決めたせいだって、自分を責めると思うんです」 「雨花様……」 「舞の奉納は、サクヤヒメ様への感謝を伝えるための舞だってことも、ちゃんとわかってます!完璧に舞えないって思ったら……その時は……諦めます!だから、お願いです!今は……舞の奉納を諦めろなんて、言わないでください!」 いちいさんたちに、思いっきり頭を下げた。

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