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祭りの準備をしようじゃないか⑪
「雨花様……」
「お願いです」
いちいさんたちにもう一度頭を下げると、ここのいさんが『少し、お待ちいただけますか?』と、オレに一礼して病室を出て行った。
ここのいさん、どこに……。
不安そうな顔をしたオレに気付いたのか、いちいさんが『大丈夫ですよ』と、大きく頷いた。
すぐに、むつみさんを連れて戻って来たここのいさんは、何かを抱えていた。
「痛み止めと、固定バンドです」
むつみさんは小さな薬を、ここのいさんは小さなベストのようなものを、オレに差し出した。
「え?」
「鎖骨の痛みが、少しは和らぐはずです。これで何とか、御台様に疑われず、舞の稽古が出来るかと……」
「あ……ありがとうございますっ!」
そうだよね。ここのいさんが気付いたんだ。オレが左側を庇ってたこと、母様が気付いていないわけがない。
今日は起きたばかりだしって思ってくれたのかもしれないけど、明日も同じようなら、きっと母様は、左側はどうしたのかと、聞いてくると思う。
そうなったら今度こそ、舞の奉納を止められる可能性が高い。だけど、これで痛みを和らげられるなら、あと三日……何とか母様に気付かれることなく、舞の稽古が出来ると思う。ううん、やらなきゃ!
だけどそれは……母様の一番のお気に入りだっていういちいさんや、母様と一緒に働いているここのいさんに、母様に隠し事をさせることになる。
「オレのせいで、みんなに……か、あ、御台様に、隠し事をさせることに……」
「雨花様……一年以上、雨花様にお仕えして参りましたが、先程のような強いご決意は、初めてお伺いしたように思います」
うわ!え?そう、だっけ?
オレ、何か必死で……。
……恥ずっ!
「私共の願いは、雨花様が若様とお幸せになってくださることです。私共の喜びは、いつでも雨花様と共にございます。雨花様のその強いご決意の成就、私共にもお手伝いさせてください」
「いちいさん……」
「一位殿の言う通りです。何もさせていただけないほうが、私共は辛いと感じるでしょう。どうぞ、おかしな心配はなさらず、私共を頼ってください」
「ここのいさん……」
いちいさん、ここのいさん、むつみさん、しいさんが、大きく頷いてくれた。
「ありがとうございます!」
みんなに思い切り頭を下げると、しいさんが急いでレントゲンを病室から運び出し、ここのいさんが『若様がお戻りになる前に、使用方法をご説明させていただかねばなりませんね』と、薬と固定バンドの使用方法を教えてくれた。
固定バンドをつけてみようとしたところで、ドアの近くに立っていたしいさんが『若様がおみえです』と、こちらにこっそり声を掛けた。
急いで薬と固定バンドを、近くのクローゼットの中に押し込むと、すぐに皇が病室に入って来た。
皇が病室に入るとすぐに、いちいさんは『いつでもお呼びください』と、こちらに頭を下げて、ここのいさん、むつみさん、しいさんと一緒に病室を出て行った。
「舞の稽古は終わったのか」
「あ、うん。皇は、用事済んだの?」
「ん?ああ」
皇はどことなく機嫌がいい。
不自然に立っていたオレの前に来て『具合はどうだ』と、ふわりと頭を撫でた。
「ぅん」
大丈夫……と言えなくて、それだけ返事をした。
出来る限り普通に……と思うと、余計ギクシャクしてしまう。
変なところで鋭い皇に、隠し事をしていることを悟られたらどうしようとドキドキしていると、皇が嬉しそうに『先代の柴牧家殿はご無事だそうだ。もうしばらく穢れを払えば、サクヤヒメ様のもとに戻れると、占者殿から伺って参った』と、オレにベッドに戻るよう背中を押した。オレがベッドに座ると、皇もオレの横に座った。
皇が占者様に聞いた話だと、三途の川はこちらの世界と繋がっているため、三途の川に入ると、こちらの世界の穢れを、その身に受けてしまうんだそうだ。
その穢れを、あちらの世界に持ち込まないように、おじい様はしばらく別の場所で、穢れを落とさないといけないらしい。だけど、サクヤヒメ様のもとに戻れないってことはないから心配はいらないって。
「おじい様、禁忌を犯したって、しろがねさんが言ってたから、罰を受けてるのかと思ってた」
「ああ、そうではないようだ。案ずるな」
「良かったぁ……」
本当に良かった。
「先代柴牧家殿の無事がわかったのだ。無理に舞わずとも良いのではないか?」
「え?」
「色々考えたが……そなたがもみじ祭りで舞の奉納をしたいと申したのは、先代柴牧家殿の無事を祈願するためなのではないのか?」
「あ……」
そっか。皇は、オレがどうしても舞の奉納をさせて欲しいって言ったのは、おじい様のためじゃないかって思ったんだ?
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