おじい様のためじゃない。お前が思ってるような、そんな立派な理由じゃないんだ。オレが舞の奉納をさせてもらいたいって言ったのは……。 誰かのためじゃなくて、自分が、皇に選ばれたいためで……。 何の返事も出来ず皇を見ると、皇は『どう致した』と、心配そうな顔で、オレの手にそっと自分の手を重ねた。 いつもは怒りん坊で、殿様気質なくせに、ちょっとしたことで心配して、ここぞって時は……助けてくれる。怒ってるみたいなのに、いっつもオレのこと、許してくれて……。 お前がそんなだから……オレ、お前のこと……諦めるどころか、どんどん、好きに、なっちゃうんじゃん。 だからオレ、どうしても……どうしても家臣さんたちに、お前の嫁になっても大丈夫だって、認めてもらいたいんだ。ずっと……お前のそばに、いたいから。 オレが舞いたい理由は、皇が思ってくれてるような、そんな立派な理由とは、程遠い。 このまま舞いたい理由を黙っているのは、皇に嘘をついているのと同じ気がする。だけど……本当の理由は……言えない。 でも、本当のことは言えなくても……皇に嘘はつきたくない。 「おじい様のためじゃ、ない」 「ん？」 「舞の奉納をしたいのは、おじい様のためとかいう、そんな……立派な理由じゃ、ないんだ」 「あ？」 「でも！サクヤヒメ様への感謝の気持ちを、めいっぱい込めて、ちゃんと舞の奉納をする！舞を奉納するのは、サクヤヒメ様への感謝の気持ちを届けるためっていうのは、ちゃんとわかってるから！」 「雨花……」 「だから……止めないでよ」 「……」 「お願い、だから」 重なっていた皇の手をしっかり握ると、皇は深くため息を吐いた。 「皇……」 ガッカリ、させた？ 「そのように願えば、余が毎々聞き入れると思うたら、大間違いだ」 そう言って、皇はオレをギュッと抱きしめた。 これって……ガッカリしたんじゃなくて……もしかして……おじい様のためじゃなくても、舞ってもいい、って、こと？ 「此度は許す。だが誠、無理をするでない。舞の奉納は、無理をしてでもそなたがせねばならぬものではない。良いな？」 「うん！ありがとう！皇！」 皇に思いっきり抱きつくと、皇は『先程まで泣きそうな顔をしておったくせに』と、こつんっとオレのおでこに、自分のおでこをぶつけた。 おじい様を助けるためとかいう理由で舞いたいわけじゃないって伝えた上で、皇が舞うのを許してくれたのが、何より嬉しい。 良かったぁ……と、気が緩んだ途端、何だかんだで、結局まだシャワーを使っていなかったことを、ふと思い出した。 「あ！オレ、シャワー使って来る！」 「あ？」 皇の腕からするりとすり抜けて、クローゼットに向かった。 下着と一緒に、ここのいさんに貰った固定バンドを、皇に見つからないようにそっと取り出した。 オレ……絶対、しっかり舞の奉納をしてみせるから！ 「朝からずっとお風呂に入りたかったのに、結局今になっちゃった」 「シャワーだけだぞ」 「わかってる」 「誰ぞ呼ぶか？」 「ううん。大丈夫」 「そうか」 皇に見えないように、固定バンドを抱えて、病室の中のお風呂場に向かった。 梓の丸のお風呂場とは違って、ここは内側から鍵がかかる。 皇に覗かれないように、しっかり鍵をかけた。 体を洗いながら、そっと腕を上げてみたけど、やっぱり鎖骨が痛い。舞の稽古の前には、むつみさんからもらった痛み止めを飲むようにしよう。 「……」 嘘は……ついていない。 だけど……皇に隠し事をしているのは、やっぱり、罪悪感がある。 舞の奉納が終わったら、鎖骨にひびが入っていることを話そう。それでもし怒られたら……痛くても、どうしても舞の奉納がしたかった、本当の理由を皇に……。 「……」 言える？ だって、舞の奉納をさせてもらいたい本当の理由を話すってことは……皇に、好きって、言うのと同じこと、だと思う。 それを皇に伝えたら……どう、なるんだろう？ 皇は気持ちを言ったらいけないけど……オレは……言ったらいけないわけじゃ、ない。 「……」 何故か気持ちが急いて、体をささっと洗ってシャワーを止めた。 鍵はかけているけど、それでも心配で、ドアが開かないように足で押さえながら、固定バンドをつけた。 軽く腕を動かしてみたけど、さっきよりも痛くないような気がする。その分、何となく動きがぎこちない気もするけど……。 ここのいさんの話では、少し厚手のシャツを着てしまえば、ちょっと触られたくらいじゃ、固定バンドをつけているなんて、わかることはないだろうってことだった。 少し触られたくらいなら大丈夫、だとしても……さっきみたいに、抱きしめられても……わからない、かな？ 「……」 急に皇の顔が見たくなって、急いでパジャマを着て、洗面所を出た。