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祭りの準備をしようじゃないか⑬
お風呂場から出ると、オレのベッドで寝ているシロと、何故か木刀を振っている皇が視界に入った。
「……何してんの?」
こんな皇、初めて見た、けど……いや、どこからその木刀出してきたの?っていうか……え?何?
……かっこいい。
「あ?そなたがサクヤヒメ様のもとを彷徨っておる間、何もせず、ただそなたを待っておったゆえ、鍛錬を怠った」
皇は木刀を振ったまま、そう答えた。
「へ?」
皇も、鍛錬とかするんだ?普段、皇ってそういうところを見せないから、努力要らずなイメージがあったけど……。
皇って、ムキムキしてそうにないけど、脱いだら案外ムキムキだし……そりゃあ、何もせずにあんなムキムキになるわけないよね。
「なまくらになった体を戻すには、鍛錬しかない」
「皇がそんなことしてるの、初めて見た」
「ああ、普段は朝の日課として、本丸内部で鍛錬しておるゆえ、そうそう人目にはつかぬであろうな」
「そっか」
木刀を振るのが朝の日課、なのかな?それ以外にも、皇は毎朝、何だか色々とやることがあるんだよね?
毒見役さんはしばらくお休みだって言ってたけど……皇にはそれ以外にも、たくさんしなきゃいけないことがあるってことは……。
「あ!え?今夜も、ここに泊まって大丈夫なの?」
皇がここにいるのが当たり前みたいに思ってたけど、本丸に戻ったほうがいいんじゃないの?
「あ?どういう意味だ」
「え?だって、朝とか忙しいんだろ?毒見役さんがお休みなのは聞いたけど、それ以外にも、本丸でやることがあるんじゃないの?戻ったほうが……」
そう言うと、皇は木刀を振る手を止めて『本丸に戻れだと?』と、オレを睨んだ。
「戻れっていうか……だって……いいの?」
「そなたはおかしな気遣いなどせず、早う寝ろ」
皇に押されるようにベッドに入って、布団を掛けられた。皇もすぐに自分のベッドに入って、布団の中のオレの手を握った。
「そなたは……本丸に戻った方が良いのでは、などと申すが……」
「え?」
「余が……誠、戻りたい場所は……本丸にはない」
「え?!」
皇が、オレの手を強く握った。
それ、どういう意味?
本丸には帰る場所がないとか思ってるの?
詳しく聞きたかったのに、そんな質問をする間もなく、皇が、大老様がオレのために治癒祈願の祈祷をしてくれていたらしい、だの、ふっきーもお百度参りをしてくれたらしい、だの、気になる話題を次々振ってくるから、戻りたい場所が本丸にないって、どういう意味か聞けなくなってしまった。
そんなこんなで手を繋いだまま、しばらく色んな話をしてたんだけど、オレが眠くなったのに気付いたのか『寝るか』と、皇が電気を消した。
「ん」
落としたばかりの照明は、まだぼんやりと明るい。
隣に寝ている皇の横顔を見ようとちらりと覗くと、皇もこちらを見ていた。
あ……と思った瞬間、覆いかぶさって来た皇の唇が……オレの、と、重なった。
「皇……」
唇を離し、オレの耳に頬をつけた皇が『案ずるな。ここでそなたを求めるようなことはせぬ』と、首筋にキスをした。
「祭りの夜は、舞を奉納した者のもとに渡るのが暗黙の習わし。……もみじ祭りの夜までに、しっかり体調を整え……余を、待て」
こめかみにキスをした皇は、キュッとオレを抱きしめたあと『寝ろ』と言って、手を繋いだまま自分の布団に戻った。
けど……オレはもう……ドキドキ、して、寝るどころじゃなくて……。
だって今のって、あと四日後のもみじ祭りの夜に……そういうこと、する予告……だよね?
そんなこと言われたら、もう、繋いでいる皇の手の感触だけで……色んなところが……もじもじして……。
うう……。
って!
鎖骨のこと、忘れてた。
舞の奉納が終わったあと、鎖骨にひびが入ってるって話したら……皇……夜伽はしないって、なっちゃう、かな?
でも!鎖骨以外は、全然元気だし!ぎゅってされても、鎖骨だって、全然、大丈夫だったし!だから……。
ひびのこと……もみじ祭りの次の日まで……黙って、いよう、かな?
そんなことを考えて眠れずにいると、頭の上で寝ていたシロが、急にオレのおでこをぺろりと舐めた。
うわっ!と思ったら、急激に眠気に襲われて、そのまま気絶するように眠ってしまった。
そのあと、もみじ祭りまでの三日間、母様に止められることなく、舞の稽古をしてもらえた。
祭りの前日夕方に退院許可が出て、皇に付き添われて、久しぶりの”我が家”に戻った。
皇は夕飯を一緒に食べたあと『戻らねばならぬ』と言って、本丸に戻って行った。
皇、本丸に戻る場所がないと思っているのかと心配していたけど、そうじゃないみたいで、安心した。
曲輪に戻ってから、ずっと皇と一緒に寝ていたから、何か……皇が隣にいないのが寂しくて眠れないでいると、シロに額を舐められた。
で。
次に目を覚ましたのは、もみじ祭りの朝だった。
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