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だけ①

11月15日 晴れ 今日は、もみじ祭りです。 もみじ祭りは、別名『火祭り』と呼ばれている。 もみじ祭りではまず、早朝、母様が"サクヤヒメ様に一番近い場所"と言われている祠で起こした火種を、本丸の脇のしらつき神社まで運んで、家臣さんたちが願い事を書いた護摩木と、一年間使ったお箸を一緒にお焚き上げする。 この一年、食べることに困らなかった感謝を込め、この先の一年も、食に困らないよう祈願するために、一年間使ったお箸を燃やすらしい。 家臣さんたちはお焚き上げする古い箸と交換で、占者様がお祓いをしてくれた新しい箸を頂ける。 で、祭りの終わりには、そのお焚き上げで焼いた”焼きみかん”が、家臣さんたちにふるまわれる。焼きみかんには色んな薬効があると言われているらしく、これから冬を迎えるにあたり、病気にならないようにという、鎧鏡一族の家臣さんたちへの思いやりなのだと、駒様に教えてもらった。 このもみじ祭りは、豊作の感謝を伝えるのと同時に、鎧鏡家の豊作に対する、他の一族からの妬みを跳ね返すために始まった祭りらしい。 鎧鏡って苗字がいつついたのかわからないけど、この苗字も、他の一族からの妬み嫉みを、鎧で守って鏡で跳ね返すって意味を持っているとか……駒様が言ってた気がする。 朝5時に、すでに禊ぎを済ませたいちいさんが起こしに来てくれた。 屋敷の中にある、禊ぎを行うためだけの部屋で、先に禊ぎを済ませている側仕えさんたちに手伝って貰いながら、禊ぎの儀式を粛々と済ませると、鎧鏡一族と占者様以外立ち入り禁止の祠で、丸一年穢れ払いをされたという、もみじ祭り用の衣装を母様が持って来てくれた。 舞手用の衣裳を着け化粧を施すという儀式を終えて、本丸に向かった。 本丸に着いたあたりで、左側の鎖骨が、じんじんと痛み出していた。 舞手は、今日の日付が変わった瞬間から舞の奉納を終えるまで、何も口にしてはならないし、穢れを払った衣装以外の物を着けて、舞の奉納をしてはいけないという決まりがある。 いちいさんは、薬は大丈夫だからと、朝、痛み止めを持って来てくれたけど、決まりを破らなければ舞えないようなら、そもそも舞手になる資格はないと、痛み止めを飲むことも、固定バンドをつけることも、拒否した。 昨日までの三日間、鎖骨が痛むことはそうそうなかったから、今日も大丈夫だろうと思っていた。 だけど、今まで痛みが出なかったのは、痛み止めと固定バンドのおかげだったのだと、もうすぐ舞の奉納をしようっていう今、猛烈に痛感していた。 『舞の直前でも、具合が悪かったら辞退すること』っていう、母様の言葉が頭をよぎった。 でも、辞退はしない!絶対にしっかり舞を奉納する! この痛みよりも、家臣さんたちに認めてもらえないことのほうが、オレにとっては……絶対につらいから。 ゆっくりと深い呼吸を何度か繰り返しながら、待合室に入る直前、突然、わーっという歓声が遠くから聞こえてきた。 祭りが始まったらしい。 舞の奉納は10時からの予定だ。 出番までは、外の歓声も聞こえてこない待合室で、気持ちを整えながら、出番を知らせる迎えが来るのを静かに待つだけだ。 舞手には、二人のお付きが許されていて、今日はいちいさんとさんみさんが、オレの後ろでじっと座ってくれていた。 舞手とその付き添いは、屋敷で禊ぎを終えたあとから、言葉を発することを禁じられている。 オレといちいさんとさんみさんは、懐紙(かいし)を口に咥えたまま、一言も発することなく、出番を知らせる迎えを待っていた。 9時50分を過ぎる頃、何故か急に不安になってきて後ろを振り向くと、いちいさんはそんなオレに気付いてくれて、オレに一礼したあと、ギュッと手を握ってくれた。 さんみさんも同じように手を握ってくれて、三人で円になって、出番が来るまで手を繋いでもらっていた。 「雨花様、出番です」 呼びに来てくれた(かい)様に頷いたあと、いちいさんとさんみさんに向けて大きく頷いて、二人の手を離した。 咥えていた懐紙を口から離すと、いちいさんはうやうやしくそれを受け取ってくれて、さんみさんと一緒に、深々と座礼をしてオレを見送ってくれた。 櫂様のあとについて、舞台袖まで続く道をゆっくりと進んだ。 櫂様が待合室の扉を開いた途端、耳をつんざくように聞こえてきた歓声が、いつの間にか止んでいる。 みんな帰ってしまったのかと思うほど、静まりかえっていた。 あまりの静けさに、自分の中で緊張感がどんどん増していくのがわかる。鎖骨の痛みなんか忘れるくらいだ。 何度も唾を飲み込みながら、なるべくゆっくりと呼吸をするように意識した。 「行けますか?」 櫂様の問いかけに大きく頷くと、櫂様は『雨花様にご武運を』と、にっこり笑いながら、客席から見えないよう垂らしてあった壁代(かべしろ)を、さっとめくった。

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