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だけ②
今日オレが舞う舞台は、大きな池の中央に建っている。
サクヤヒメ様の祠から湧き出た水が、この池に溜まっているのだと聞いたことがある。
舞台に向かう花道に足を踏み入れた瞬間、大きな歓声が耳に入って、ぐわっと体中の血が湧き上がるような感覚に襲われた。
大きく深呼吸を一つして、舞台までの道を進み始めた。
心の中で『今から舞の奉納をさせていただきます。どうかこの先も鎧鏡一門をお守りください』と、サクヤヒメ様に向けた言葉を何度も繰り返していると、そのうち、怖いくらいに感じていた歓声が、オレと一緒に鎧鏡一門の安泰を祈願してくれているような感覚にふっと変わって、自分の中で勝手に、家臣さんたちとの連帯感が生まれた。
──オレがみんなの代表なんだ──
そう思ったら、家臣さんたちに、皇の嫁候補としてちゃんと認めてもらいたい……なんて思っていた自分も、そんな理由で舞を奉納しようとむきになっていた自分も、ものすごくちっぽけだったように思えて、何だか可笑しく思った。
行事たび、たくさんの家臣さんたちが、サクヤヒメ様に感謝するためにこの曲輪に集まって来る。
ここからすごく離れたところに住んでる家臣さんたちも、今日この祭りに参加するためだけに、出て来た人もいるはずだ。
逆に、どうしても来られなかった家臣さんたちもたくさんいると思う。
オレは、そんなみんなの代表なんだ。みんなの、サクヤヒメ様と鎧鏡一門を大事に思う気持ち全部が届くように、舞の奉納をさせてもらいたい。
そんな風に思った時、ようやく舞台の中央に着いた。
舞台の中央に膝を付けて『今から舞わせていただきます』と思いながら、深く座礼をした。
下げていた頭を上げると、鳳笙 という楽器の音が聞こえてきた。
サクヤヒメ様……どうか鎧鏡家を、鎧鏡一門を、これからも見守ってください。
みんなの想いだ。届いて欲しい。
長い袖を翻して、天に向かって手を伸ばした。
舞の奉納を終え、座礼と共に、大きな呼吸を一つした。
それと同時に、熱湯でもかけられたように左肩が熱くなって、心臓がバクバクし始めた。
下げた頭から、ぽたりぽたりと、尋常じゃない量の汗が滴り落ちて来る。
左肩の熱は、左鎖骨の猛烈な痛みなのだと自覚した。
痛みで声が出そうになるのを我慢しなきゃと、ぎっ!と歯を食いしばった時、ふわりと皇の香りがしてきた。
皇が、舞手であるオレを、舞台まで迎えに来たんだ。
視線だけを皇のほうに向けると、皇の足袋が、視界に入った。
もう大丈夫だ。
そう思った途端、意識が遠退きそうになった。
駄目だ!皇に甘えようとすると、このまま倒れてしまう。今オレがここで倒れたら、祭りが中断する。何とか控室までは、自分の足で歩いて行かなきゃ!
すぐ近くまで来た皇が、オレの異変に気付いたのか『雨花?!』と、オレの顔を覗き込んだ。
「驚かないで」
皇に騒がれたら、祭りが中断する。それは阻止しないと!
本来なら、このまま他の候補様たちと一緒に、皇の隣の席に座らないといけないんだろうけど、それはもう、出来そうにない。
とにかく今は、控室まで何とか戻らなくちゃ!それだけでいい。
「具合が悪いのか?」
今まで何度も行事の最中に倒れてきたことに、今、初めて感謝した。
この様子だと皇は、今までと同じように、オレが家臣さんたちの気に当てられて、具合が悪くなったと思っているんだと思う。
だったら、そこまで心配しなくても、少し安静にしていれば大丈夫だと思ってくれているはずだ。
「家臣さんたちを驚かせたくない。自分で歩けるから……このまま、舞台袖まで手を貸して」
動く右手でギュッと皇の手を掴んで顔を上げると、皇はオレの右腕をグッと持ち上げて、オレを立ち上がらせてくれた。
花道の先が、ものすごく遠く感じる。
それでも、皇に手を引かれて歩き始めた。
何度もぐらつきそうになる気持ちと体を、皇の手をしっかり掴むことで、何とかこらえた。
ようやく家臣さんたちから見えないところまで戻ってくると、心配そうな顔をした櫂様が『どうなさったんですか?』と、オレの左腕にそっと手を置いた。
「騒ぐでない。このまま雨花をしばらく休ませる。御台殿には、雨花が体調を崩したゆえ、しばらく休ませるとお伝えしろ」
「かしこまりました」
櫂様が小走りで去ってしまうと、皇は『余の部屋で休め』と、オレをひょいっと抱き上げた。
「いっ!」
抱き上げられた途端、猛烈な痛みに襲われた。
つい左肩に手を伸ばすと、皇はすぐにオレを降ろして『肩が痛むのか?!』と、顔をしかめた。
「あ……」
もう隠せない。……隠す必要もない。
「左の、鎖骨……ひびが……入ってる」
「あ?」
低く怒気を含んだ皇の声に、背中が小さくふるりと震えた。
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