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だけ④

「知るわけもない!」 そう怒鳴った皇は、オレの肩を掴もうとした自分の手を見てハッとした顔をしたあと、ギュッと拳を握って、腕を下げた。 「ちゃんとした候補とは何だ?そなたはそのままで、誰も傷付けたりせぬ。それでもなお、そなたの身以上に守る理由が、候補という肩書きにあると申すか!余には到底理解出来ぬ!」 「なんでわかんないんだよっ!バカっ!」 「あ?!」 「なんでわかんないんだよ……。候補って肩書きがなきゃ……お前のそばにいられないだろっ!」 鎖骨にひびが入ってでも舞いたかった、本当の理由が、口から零れた。 滲んだ視界の向こうに、皇の驚いた顔が見えた。 家臣さんたちに認められたいとか、誰も傷付けたくないとか、どれも本当の理由じゃない。 オレが何で、嫁候補って肩書きを守りたいかって、本当の理由は……皇と一緒にいたいからなんだ。 ちゃんとした候補だって家臣さんたちに認められなくちゃ、皇のそばにいられないと思ったから……そのためなら、自分の痛みなんか、どうでもいいと思った。 だってオレには……自分の体が痛むことより、お前と一緒にいられなくなるかもしれないことのほうが、よっぽど怖いから。 「なのに……候補って肩書き守っちゃ駄目なのかよ!」 肩書き守るなら家に帰れとか……もうオレ、お前のそばにいるなってこと?! こんなところで泣くとか……ずるいって、思う。だけど……涙が止まらない。 皇はすっとオレの前に立って、着物の袖でオレの頬をぐいっと拭った。 え……? 「余は……そなたを候補だなぞ、思うたことがない」 「えっ?!」 候補じゃ……ない? 驚いて涙が引っ込んだ。 オレはやっぱり……フェイクの、候補?   「そなたしかおらぬゆえ」 「……え?」 何が? 「そなたしか娶る気はないゆえ、そなたは"嫁候補"ではない。"嫁"だ」 「え?」 え?何て? 「あ?そなた、余のそばにおるため、候補という肩書きを守るのだと申したのではないのか?」 「そっ、そ、だけど……」 「では、おれ」 「え……」 「余はそなたを娶る。候補などという肩書きなぞ要らぬ。……余のそばにおれ」 オレの肩を庇うように、皇がふわりとオレを包んだ。 止まっていた涙が、ボロボロ零れた。 「何の意味も持たぬ肩書きを守るため、痛みを堪えて舞うなぞ……うつけが。そのような真似、二度とさせぬ。良いな?」 「だって!そんなの……言ってくれなきゃ、わかんないじゃん!」 そう言って顔を上げると皇は『そうだな。黙っておった余が悪い』と、オレの頬を、指でキュッと撫でた。 「肩書きなぞ要らぬ。余の嫁は……そなただけだ」 「っ……」 ボロボロ零れていく涙と一緒に、堪えきれずに嗚咽が漏れた。   「どういたした?嫁は望まぬか?」 「違う!だ、って……」 ずっと……欲しかったんだ。 「ん?」 「ずっと……言って、欲しかった」 「あ?」 「だけ……って……」 「ん?」 「オレ、だけって……」 何人も嫁候補がいる皇から、その言葉が欲しかった。ずっと……。 どれだけ皇に優しくされたって、その言葉がなければ、不安ばっかりで……。 『オレだけ』って一言が、ずっと……ずっと、欲しかった。 「そなただけだ。余には……そなたしかおらぬ。そなただけだ。」 涙でぐっしょぐしょのオレの顔を覗き込んだ皇はふっと笑って『出会った日のようだ』と、また自分の着物の袖で、オレの顔をぐいっと拭った。 出会った日? って……オレが出席した、展示会の日? そっか、今日オレ、あの日みたいに、化粧されてるんだった。あの日、本丸のお風呂場の鏡に映った、雨で化粧がぐっちゃぐちゃになっていた自分の顔を思い出した。 「え……ひどい?」 「ああ、ひどい顔だ」 そう言って笑った皇は、オレの頬を両手で包んで、ふわりと、キスをした。 「泣き止んだか」 「う……」 「ん?」 皇……すごい、嬉しそうな顔、してる。 恥ずかしさでうつむくと、急に思い出したように『あ!』と言った皇が『そなたの治療をせねば!』と、オレの体を離した。 「へ?」 「へ、ではない!余の嫁はそなたしかおらぬのだ。そなたに何かあれば、余は鎧鏡を継げず、鎧鏡は潰れる。鎧鏡が潰れれば、世界が混沌となるであろう。そなたが世界の存続を決めるのだ。自覚致せ。まずは治療だ」 「……」 自覚しろって言われたって……。さっき皇に、嫁に……とか、言われたばっかりで……それだって夢みたいないのに。 っていうか、本当にオレが、お前の……嫁?だって嫁は、二十歳まで決めちゃ駄目なんじゃないの? ぐるぐるしている間に、皇に抱き上げられて、本丸の皇の部屋に運ばれた。 オレをベッドに座らせると、皇は『車を取って参るゆえおとなしくそこで待っておれ』と、さっさと部屋を出て行ってしまった。

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