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だけ⑤
本当に皇……オレの、こと?
ふわふわした気持ちで、夢でも見てるんじゃないかって、全然現実味がない。
ついさっきまでそこに皇はいた……と、思うけど……色々と唐突過ぎて……それすら自信がなくなってくる。
だって、皇が二十歳の誕生日まで、誰を嫁にするか言ったらいけない決まりじゃないの?そうだよ!あの皇が、鎧鏡家の決まりを破るなんて、そんなこと考えられない。
ってことは……やっぱり、夢なんじゃないの?
あんまりにも皇のことが好き過ぎて、自分に都合のいい、ものすごーく鮮明な夢を見てるだけ、とか?
そう思うと、本当にそんな気がしてくる。
自分の頬をつねってみようと手を上げた拍子に、何かが手に当たった。うわ!と思った時にはもう、カシャンっという音が聞こえた。ベッドサイドにあった何かを、床に落としてしまったらしい。床に視線を向けると、落とした"何か"は、写真立てだった。
裏側になっている写真立てを拾ってひっくり返すと、そこには、見たことがある写真が入っていた。
「えっ?!」
サクラが隠し撮りをしたと言って、修学旅行の帰り間際、オレにどっさり渡してくれた、皇とのツーショット写真の中の一枚だ。
写真立てに入っているのは、皇とオレが二人で笑い合いながら、料理をしている写真だった。
え?何でこの写真がここに?あれ?ここ、オレの部屋?
皇の部屋はオレの部屋と同じ造りで、ベッドも全く同じ物だ。
だからそんな錯覚に陥ったけど、オレの部屋じゃないよ。だってオレ、サクラからもらった修学旅行の写真、恥ずかしくて机の奥底にしまって……。って、それがどうして、ここに?
やっぱりこれ、夢なんじゃないの?
「あっ!」
違う!そうだ!サクラが、皇にも同じ写真をあげたって、言ってたじゃん!
確か『がいくん、喜んで写真を飾ってるかも』なんてサクラに言われて、全力で否定した。……のに。
「う、そ……」
皇、が……これ、飾って、くれてた?
いやいやいやいや……やっぱりこれ、オレの都合のいい夢でしょ?そうだよ!
だって、あの皇が、ベッド脇にこんな写真を飾るとか……。
だって、こんな写真飾ってるのを誰かに見られたら、色々と……その、都合悪いっていうか……。
「……」
顔……めちゃくちゃ、熱い。
皇……本当に、オレの、こと?
写真立てをぼぅっと眺めていると、出て行った時と同じように、急いだ様子の皇が部屋に戻ってきた。
「曲輪は祭りで人がごった返しておる。地上から三の丸に向かうのは困難ゆえ地下から向かう。車を地下に置いたゆえ、そこまで歩けるか?」
「え?」
皇は、オレが胸に抱えていた写真立てに気付いて驚いた顔をすると、奪うように取り上げた。
「あっ!」
「……歩けるのかと、聞いておる」
オレの顔を見ようとせず、皇はつっけんどんにそう聞くと、オレから取り上げた写真立てを、ベッドサイドのひきだしにそっとしまった。
後ろを向いてるけど……皇の顔、赤い?
髪で見え隠れする横顔が、赤くなっているように見える。
ちょっ……オレまで照れるじゃん!バカ!
「あ!歩、ける」
ギクシャクとした返事をすると『こちらに参れ』と、オレの手を取った皇は、こちらを見もしないで歩き始めた。
でもいつもより、皇の手……熱い。
やっぱり、照れてる?皇……本当に、オレの、こと?
皇の後頭部に見惚れていると、何かにつまずいたように急によろけた。
「うわっ!った……」
前にいた皇の背中にぶつかると、左の鎖骨に響いて、つい声を上げてしまった。
「大丈夫か?!」
「あ、うん。何かにつまずいて……」
そう言いながら後ろを向いても、つまずくような物は何もない。
「あれ?何にもなかった」
「……」
ため息を吐いた皇は、オレの左肩を気にしながら、ひょいっとオレを抱き上げた。
「ちょおっ!」
「暴れるでない!」
ギロっと睨まれて抵抗をやめると、皇はまたため息を吐いて、そこから滾々とお説教を始めた。
肩の痛みを無意識に庇うから、体のバランスが取れずによろけるのだ……とか、そもそもそなたは注意力が散漫なのだ……とか、あれほど言ったに自ら進んで危険に飛び込むような真似をしおって……とか、他人は気遣うに己の危機管理能力は皆無で……とか。
何でオレ、こんなにけなされてんの?
さっきのやっぱり夢なんじゃないの?お説教されている今は、確実に現実だと思うけど。
皇のお小言を聞いているうちに、いつの間にか地下に着いた。
夏、乗せてもらった皇専用車が、そこに停まっていた。
「シートベルトをしては痛むであろう。そのまま座っておれ」
オレを助手席に乗せた皇が、運転席に乗り込んで、静かにドアを閉めた。その瞬間、ふわりと皇の香りが流れてきた。
「……ん」
皇の香りに包まれたら、何だか急に、これは現実なんだって、思えた。
さっきのも全部……夢じゃない、よね?
車は静かに走り出した。
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