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だけ⑥
三の丸で診察を受ける前に、鎖骨のひびについて詳しく話してみろと皇が言うので、思いつくことを全部話した。
階段から落ちた時に入ったひびだろうこと。
側仕えさんたちにも黙っているつもりだったのに、舞の稽古についてきてくれたここのいさんに、肩を庇っていると気付かれて、しいさんがレントゲンを撮ってくれたこと。
そこでひびが入っていると知って、側仕えさんたちに、舞の奉納はしないほうがいいと止められたけど、どうしても舞いたいからってお願いして、黙っていてもらったこと。
舞の奉納をすることが、オレにとってどれだけ大事かわかってくれた側仕えさんたちが、固定バンドと痛み止めを用意してくれたこと。
そんな話を皇にした。
「そなたが最初に運ばれた病院で、そのひびを見落とされたということだな。しらつき病院へ転院してすぐ、そなたの体への負担を考え、頭や内臓など、心配な箇所のみ再検査をするとおっしゃった御台殿に同意したが……あの時、無理にでもくまなく調べていただくべきだった」
「オレが……母様にも、痛いこと、黙ってたから……」
皇は前を向いたまま、ハンドルをギュッと握って、大きく息を吐いた。
「もう何も、一人で抱え込むでない。そなたの不安も恐れも……痛みも、何もかも全て、余は分け与えられる資格がある。そうであろう?」
「……」
「ん?」
返事をしないオレに『どうなのだ?』と、言いたげに、皇は眉を上げた。
不安も恐れも分け与えられる資格があるって……やっぱりそれって……本当に、そういうことで、いいの?
そんな風に、皇に大事にしてもらうのが、本当にオレでいいの?
だってずっと、嫁になりたいって思ってはいたし、これからもそうなれるように頑張っていくつもりだったけど……。
心のどこかでは、ふっきーで決まりなんじゃないかって、いっつも思ってた。
大老様も家臣さんたちも、みんな皇の嫁には、ふっきーがいいんでしょ?って、いっつも拗ねてるみたいな気持ちがあったし。
鎧鏡一門を大事にしてる皇は、家臣さんたちが望むふっきーを選ぶんじゃないかって……そのほうがいいんじゃないかって……思ったりしたし。
どんなに頑張っても、オレが皇にとって、ふっきー以上の存在になんて、なれるのかって……いつも怖かった。
ふっきーじゃなくても、天戸井だっているし、来年の皇の誕生日には、また新しい嫁候補が選ばれるだろうし……その中でオレが皇に選ばれる可能性なんてあるのかなって……ずっとずっと、怖かったのに……。
「本当、に?」
「ん?」
「オレ……で、いいの?」
皇はまた、大きく息を吐いた。
「決まりを破っても伝えたに、信じられぬと申すか?」
「それ!」
そう!それだよ!オレが不安になる原因はそれ!
「ん?」
「だってお前、決まりとかちゃんと守るじゃん。お前が二十歳になるまで、誰を嫁にするか言ったらいけない決まりなのに……今、嫁にする、とか言われても……本当なのかなって……思うじゃん」
今まで、気持ちを言ったらいけないとか、聞いてもいけないとか散々言ってたくせに。
なんか、こんな簡単に……簡単に?いや、簡単じゃないかもしれないけど……だってなんか、すごくツルっと言われた感じがして……。
あの皇が、決まりを破ってでも言った!みたいな……そういう、なんていうか……ものすごい決意みたいなもんが……さ。
「そなたが無茶ばかり致すからであろうが」
「は?」
皇はふんっと短く息を吐いた。
「誰を嫁にするか二十歳まで黙っていなければならぬという決まりは、サクヤヒメ様のご加護がない嫁を、少しでも危険に晒さぬためのものだ。だのに、黙っておることでそなたを危険に晒すやもしれぬなら、その決まりに何の意味がある?」
「え?」
「そなた、肩書きを守るためなら己の痛みなぞ構わぬと言うたであろう?肩書きなぞ守る必要はないと伝えねば、そなたはまたいずれ無茶をすると思うたゆえ、余の思いを言うた。大事なのは、決まりを守ることではない。そなたを守ることだ」
皇が前を向いたまま、小さくふっと笑った。
「それでも、そなたを嫁に決めたと知れれば、小言を申す者も出てくるやもしれぬがな」
「えっ?!あ……お小言、言われるかもしれないってだけ?サクヤヒメ様に怒られたり、とかはしない?」
気持ちを黙っていなければならないっていう決まりは、サクヤヒメ様との約束事なんじゃないの?オレを嫁になんて言ったことで、サクヤヒメ様に怒られるなんてことになったら……。
皇はまた、ふっと吹き出した。
「黙っておらねばならぬ決まりは、サクヤヒメ様からのご宣託ではない。嫁候補を守るため、鎧鏡一門が作ったものと聞く」
「そうなの?」
「ああ。だが万が一罰が下るとしても、そなたさえ無事なら甘んじて受ける。そなたを失うこと以上に、恐ろしいことなぞ何もない」
……バカ。
そんなこと言われたら……また、泣きたくなるじゃんか。
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