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だけ⑦
「そうは言うても、そなたを御台殿と同じ目に合わせることは避けたい。嫁の件はそなたの胸の内に秘めおけ。余も口外せぬ」
「え?母様と同じ?」
「高遠先生がおっしゃっていたであろう?」
「え?……あ!」
母様は、候補の時から奥方様になるってわかっちゃってたから、色々と狙われてたっていう、あの話?
「そなたが自ら危険に身を寄せるのが、何よりそなたを失う原因になる可能性が高い。ゆえにそなたに、余の思いを打ち明けた。だが他の者にも知れれば、無駄にそなたを危険な目に合わせることもあるやもしれぬ。それは避けたい」
「……」
「何か不満か?よもやそなた……余の想いを知ってなお、自ら危険に身を寄せるなどということは、致すまいな?」
「そっ、そうじゃなくて……」
だって皇がそんな風に……オレのことを守るために、色々と考えてくれてるとか……。
いや、今までだって、すごく守られてるとは思ってたけど……でも皇の気持ちを聞く前は、オレが候補だから守ってるだけだろ!とか、全然素直に受け取れなかった。
知らなかったとはいえ、皇が守ってくれていても、何かっていうといちいち拗ねて、嫌な態度を取っていた過去の自分が、今、走馬灯のように思い出されるー!
「ん?」
「もっと早く言ってくれたら……オレだって、お前のこともっと、大事にしてこられたのに……」
そう言うと、皇はまたふっと笑った。
「そのように責めるでない。あの過去があっての今だ。……雨花」
「ん?」
「この先も、そなたが余を大事に思うなら……余が何より大事に想う、そなた自身を大切に致せ」
「……ん」
皇……。
皇の横顔をじっと見つめると、ずっと前を向いて運転していた皇が、ふっとこちらを向いて『良い返事だ』と、ふわりと笑った。
うっ!
「運転中!」
熱くなった顔を見られたくなくて、皇の頬をぐいっと押した。
『誠、そなたは余の扱いが酷い』と、声を出して笑った皇は『雨花』と、オレを呼んで皇の頬を押していたオレの手を握った。
「ん?」
「余の嫁になるということは、鎧鏡の嫁になるということ。余は……そなたが育って参ったような、普通の家庭というものをくれてやることは出来ぬ。苦労もかけるであろう。それでも……良いか?」
「……ん」
小さく頷きながら、今度こそ涙がこぼれそうになった。
お前と一緒にいられるなら、世間一般的な普通なんか、いっこもいらない。
いらないよ。
オレも……お前以上に大事なものなんか……何もないんだから。
皇の手を、ギュッと握り返した。
三の丸には、母様がいない時にいつも診てくれる皐月先生がいて、すぐにオレの左肩のレントゲンを撮ってくれた。
小さなひびだけど、肩を固定して、なるべく安静にしているようにと言われた。
ここのいさんがくれたのと同じ固定バンドと、むつみさんがくれたのと同じ痛み止めをもらって、このまま祭りには戻らず、梓の丸に帰ることになった。
梓の丸に帰ることが決まったのは、まだ正午を少し回ったばかりの時で、曲輪にはまだ人がたくさん残っているだろうからと、また地下から梓の丸まで、皇の車で送ってもらうことになった。
さっきは車の外の”景色”を、不思議に思う余裕がなかったけど、今、車の窓から見えている”景色”は、今までオレが見たことのある地下のイメージとは、まったくかけ離れていた。
まるで夕暮れ時に、どこかの町をドライブでもしているような気分になる。
それくらい、地下というには明るく、ところどころ普通の家のような建物も建っていて、店のようなものまである。
地下じゃないみたい、と呟くと、この地下の空間は、世界各地にある鎧鏡家の別宅や、直臣衆さんの家の地下とも繋がっていて、地上での生活が困難になった時でも、十年二十年はゆうに生活出来るように作られていると、皇がそんな説明をしてくれた。
直臣衆さんたちの家に地下があるってことは、柴牧の家にも地下があるってこと?と、普通に疑問に思ってそう聞いたら、ある、と即答された。
オレの実家のことなのに、何でオレが知らなくてお前が知ってるんだよ!とツッコんだら『そなたが知らぬでおったのは、柴牧家殿の考えであろうが、余が知っておるのは、そなたの実家のことだからだ』と、さらりとそう言われて、オレはまた、熱くなった顔を隠すことばかりで、頭がいっぱいになった。
三の丸から梓の丸は、地下を通ればあっという間の距離だった。
地上に出るための階段を上がり、頭の上にある扉を皇がスライドして開けると、眩しい光が目に入ってきた。
皇に手を引いてもらって、扉から外に出ると、まず視界に入ったのは、垂れ下がっているたくさんのツタだった。
「あ!」
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