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だけ⑧

カーテンのように垂れ下がるツタを掻き分けると、すぐそこに梓の丸の屋敷が見えた。 玄関前に目をやると、きょろきょろとあたりを伺ういちいさんの姿が見えた。 「あ!」 いちいさんの姿を見た途端、急に、皇のさっきの怒りっぷりを思い出した。 まさかとは思うけど……。 「ん?」 「側仕えさんたちがオレのひびのことをお前に黙ってたのは、オレがそうして欲しいって、頼んだからなんだからね?」 皇が怒ってたのは、ひびのことを黙っていたから、とかいう、それだけの単純な理由じゃなくて、オレがオレ自身を大事にしてないってことを怒ったんだってことは、わかってる。 だから、ひびのことを一緒に黙ってくれていた側仕えさんたちを怒ることはないはずだ、とは思う。皇が家臣さんたちを怒ってるのなんて、そうそう見たことないし。 皇は感情を表に出したらいけないって育てられてるから、基本、怒りも表には出さないってことなのかな? えー?いやいや、オレはめちゃくちゃ怒られてますけどー?! って……今はそんなことを言ってる場合じゃない!いちいさんの身の安全を守らなくちゃ!皇がいちいさんを怒ることはまずないとは思うけど……。 でも”絶対”はないもんね!一応、念を押しておかなくちゃ! 「あ?」 「だから……側仕えさんたちのこと、怒らないよね?」 皇は足を止めて、オレをじっと見下ろした。 「……何?」 「気に食わぬ」 「へ?!」 そう言って、皇は屋敷に向けて先に歩き始めた。 え?!ちょっ!気に食わないって……え?怒ってる? 「ちょっ!えっ?!怒らないでよ?!」 皇の背中に向かって大声でそう言うと、こちらを見もせず『側仕え共はそなたの共犯だ』と、苛ついた声で返事をしてきた。 共犯っ?! 「な、何だよ!それ!側仕えさんたちは悪くない!オレが……」 「大声を上げるでない。傷に障るであろうが」 「だってお前が!」 そんな言い合いをしているうちに、玄関に立っていたいちいさんがオレたちに気付いたようで、タタッとこちらに駆け寄ってきた。 うああ!ちょっと待って!今、来ちゃダメ!いちいさああん! 「雨花様!」 「あ……」 いちいさんの顔がはっきり見えて、すぐにわかった。いちいさん、涙目だ。 そうだ!オレが舞の奉納を終えたあと祭りに戻らなかったから、いちいさん、きっとすごく心配したよね? いちいさんは、皇に深々とお辞儀をして『雨花様はご無事でしょうか?』と、オレにではなく、皇に聞いた。 うわっ!いちいさんが危ない! いちいさんを庇うように皇の前に立つと『どけ』と、皇はオレの両脇腹を掴んで抱え上げ、自分の隣にすとんと立たせた。 「どぅあっ!」 「雨花の怪我は、一か月かからず完治するだろうという診断だ」 あ……皇、怒ってない。 「ああ……良かったです。本当に……」 いちいさんは、今にも泣きそうな顔をして、また皇に頭を下げた。 「雨花がまた、心配をかけたな」 あ……皇が怒ってなくて良かった、なんて思ったけど……。 この流れは、他の人は怒らないけど、オレを怒るっていう、いつものパターンなんじゃ……? 「いえ、心配は致しましたが……信じておりました」 いちいさぁん! そんな風に言ってもらえて、オレが泣きそう。 いちいさんに大きく頷いた皇は『雨花』と呼んで、オレを見た。 「え?」 あ、来た?これ。いつものパターン、きた? 「そなたの身をこのように案じる一位が、そなたのひびを知ってなお、黙ってそなたを舞台に送るのは、いかばかりに苦痛であったろうか。なぁ?」 「うっ……」 皇の言う通りだ。 「ごめんなさい、いちいさん……」 オレは、いちいさんに思いっきり頭を下げた。 「そんな!頭をお上げください!雨花様!」 「もうそちらに、このような心配をかけることもあるまい。そうだな?雨花」 「え?」 それって……オレはもう、候補って肩書きを守ろうとして、無茶をするなんてことはないよな?ってこと、だよね? オレが『うん』と、小さく返事をすると、皇は納得したように頷いたあとオレを見下ろして、何だかちょっと、拗ねたような顔をした。 え……何? 「この先、そなたにまた何か隠したいようなことが出て参れば、これからは余を共犯に致せ」 「え?」 これからは余を共犯に致せ? 皇、さっき側仕えさんたちのこと、オレの共犯だって言ってた。 しかもさっきの、拗ねたような顔……。 もしかして……側仕えさんたちに、妬いたの?この皇が? 目が点になったまま皇を凝視すると、ふいっと視線をそらされた。 こちらも見ないまま皇は『今宵、雨花に渡る』と、いつも通り、感情の読めない声でそう言って、三の丸でもらってきたオレの痛み止めをいちいさんに渡した。

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