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だけ⑨

『かしこまりました』と、うやうやしく薬を受け取ったいちいさんは『本当に安心致しました』と、にっこりと笑いながら眉を下げた。 「本当に、ごめんなさい。ひびのこと……」 「いえ、雨花様のお怪我のことももちろん心配ではございましたが、私が心配しておりましたのはそちらではなく……」 いちいさんは、オレを見てまたにっこりと笑った。 「え?」 ひびの他にもオレ、何か心配かけてた? 「ひびの治療をするために、雨花様を三の丸に運んだと若様よりご連絡頂いた時は、雨花様が若様に叱られてしまったのではないか、お二人がお揉めになっていらっしゃるのではないかと……そちらのほうが心配でございました。しかし若様と雨花様のお姿を見て、そうではなかったと、安心致しました」 あ、そっち? 「いや、怒られましたよ!ものすごーく!あっ!」 そういえば、曲輪を出て行けって言われてたの、そのままになってた!……けど、出ていかなくて、いいんだよね? 皇を見上げると『ん?』と、眉を上げた。 「あ……さっきの、さ。曲輪、出ていけって話……んがっ!」 曲輪を出て行けと言われた話をしようとしたら、皇にガバッと口を押えられた。 「え?曲輪を出ていけ……とは?」 心配顔のいちいさんを見て、しまった!と、思った。 皇が『雨花の世迷いごとだ。案ずるな』と、いちいさんに言って、オレを睨みつけたから良かったけど……。 またいちいさんに心配をかけるところだった。 でも……曲輪を出ていけって話、オレの世迷いごとで片付けていいってこと、だよね? いいんだよね?!と、いう気持ちを込めて皇を見上げると、皇はさらに目力を上げて、オレを睨み下ろしてきた。 「あ、若様。このままお渡りということでよろしいのですよね?」 睨み合うオレたちを、にこにこしながら見ていたいちいさんが、急に思い立ったようにそう聞くと、皇は顔を緩めて『一度本丸に戻らねばならぬ』と、オレの口を押えつけていた手を離して、ポンッとオレの頭を撫でた。 そっか……皇、このまま渡るんじゃ、ないんだ。 そうだよね。まだお祭りは続いてるんだし。 「そのような顔を致すな」 お祭りの日は、直臣衆さんたち、家臣団さんたちと一緒に、宴を囲むのが習わしで、今時分はすでに、昼の宴が始まっている頃だろうから、その場にいるみんなに、オレの無事を報告したらすぐにこちらに戻ってくる、というような話をして、皇はまたオレの頭をふわりと撫でた。 お前がすぐに渡らないからって、オレが寂しがってるみたいに言うなよ!とか、思ったんだけど……。 「……うん」 上手い憎まれ口が出てこなくて、ただ素直に、頷くしか出来なかった。 「すぐ戻る。待っておれ」 「ん」 そんな話をしているうちに、梓の丸の屋敷の玄関に着いた。 皇が、祭りの状況を見ながら本丸に向かうつもりだと言うので、それならと、いちいさんがすぐにうちの馬屋から一頭、馬を連れ出して来てくれた。 皇はひらりと馬にまたがると『しっかり昼餉をとるのだぞ』とオレに言って、あっという間に見えなくなってしまった。 「雨花様」 「え?あ、はい?」 にっこり笑ったいちいさんは『二位が昼餉の準備をして待っております。さぁ中へ』と、屋敷に入るようオレを促した。 オレ……皇を見送りながら、寂しそうな顔しちゃってたかな?恥ずっ! 「はいっ!」 無駄に元気な返事をして、急いで屋敷に入った。 昼は、あげはとぼたんがお祭りに出掛けているということで、側仕えさんたちに見守られながら、ふたみさん特製の祝い膳を食べた。 側仕えさんたちの話では、オレが皇と一悶着起こしている間、側仕えさんたちの間で、色々と情報が錯綜していたらしい。 オレが舞い終わってすぐ、櫂様から、オレを三の丸に運ぶと連絡が来たので、いちいさんが三の丸に行ってくれたそうなんだけど、オレも皇もいなくて、探し回ってしまったそうで……。 オレたちがいないことを駒様に連絡しようとした時、皇から三の丸に行くと連絡があったから、大事にならずに済んだそうだけど……。 オレと皇は、舞の奉納を終えてから、しばらく控室にいたし、そのあと皇の部屋経由で三の丸に行ったから、いちいさんたちと行き違っちゃったんだ、多分。 行き違った経緯をみんなに全部話して、心配かけたことを謝りたかったけど……それは嫁についての話もすることになるよな……と思ったら、詳しい経緯を話せなかった。 他の人には、嫁のことを黙っているようにって皇に言われたし……。 結局、鎖骨が痛んで少し休んでいたので、行き違いになってしまったんだろうと、当たり障りのないことを言って、心配かけたことをみんなに謝った。 でも……。 側仕えさんたちに隠し事をしていると思うと、そっちのほうが『ごめんなさい』だよなって……罪悪感がわいた。

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