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だけ⑪
母様を見送るため部屋を出ると、いちいさんが慌てた様子でこちらにやって来た。
「御台様!」
「ん?」
「大老様が御台様をお探しらしく……」
「え?ああ、そろそろ誰か帰り始める頃かな?見送りしなくていいのかってことだろう?どうせ」
「あ、はい。そのようでございます」
そうだ!母様は祭りの主催者で、何の問題も起こらなくたって色々忙しいはずなのに、全部放って、皇と一緒にここに来てくれたんだ。
「あ……ごめんなさい」
「え?何?」
「お祭りで忙しいのに、わざわざここまで……」
母様は『祭りより息子たちのほうが大事だからね』と、にっこり笑いながら、オレの頭を撫でて、皇の肩をポンッと叩いた。
「ああ、千代はもう、一緒に戻らなくていいよ。二人でこれからのこと、話し合うんだよ?」
これからのこと?何のこと?
皇は『はい』と、普通に返事をしたから、何のことかわかっているんだろう。
そう思って、オレは母様には何も聞かずに、手を振って見送った。
母様を乗せた車が走り去ると、いちいさんが『あの』と、声を掛けてきた。
「はい?」
いちいさんは、あからさまに思いつめた顔をしている。
え?何かあったの?祭りの最中だっていうのに、主催者の母様がここに来たことがバレて、問題になっちゃってる……とか?
そんな心配をしてドキドキしていると、急にいちいさんが、皇に向けて土下座をした。
えっ?!
「罰を受けるなら、私が!」
「へっ?!」
何のことやらわからず皇を見上げると、皇もオレを見下ろしていた。
無言のまま二人で首を振り合って、いちいさんが何を言っているのか、お互い理解していないことを確かめ合った。
「あの、いちいさん?罰って、なんのことですか?」
「え?」
いちいさんが泣きそうな顔をしながら話し始めた内容を要約すると……。
祭りの最中にも関わらず、御台様がここに来るなんて、何があったんだ?と、側仕えさんたちは今、屋敷の中で戦々恐々らしい。
いちいさんはそんなみんなに、大丈夫だから落ち着きなさいと声を掛けてはみたものの、ふと、さっきオレが『曲輪を出る』なんて言ったのを思い出してしまったらしく……。 ──御台様が帰り際『これからのことを話し合うように』と言ったのは、雨花様を宿下がりさせるかどうするか、話し合えということなんじゃないか?雨花様が怪我をおして舞の奉納をしたことが問題になって、そんな話になったんじゃないか?それくらい大事な話でもなければ、祭りの最中に御台様が直々にここに来るわけがない!──
……なんていう考えに、最終的に着地したらしい。
って、ええっ?!
母様が言ってた『これからのこと』は、オレにも何のことだかわからないけど、宿下りしろってことではないから!
え?違うよね?
「いや、宿下がりとかないですから。ね?皇?」
「ああ」
「では、御台様は何故わざわざこちらに?雨花様に何か……」
「いえ!本当に心配することでは……」
うわぁ、どうしよう……。
こんなに心配してくれているいちいさんに、どう言ったらいいかわからない。
皇からは”嫁”の話はしないようにって言われてるし……。
「もう良い」
おろおろするオレの頭を、皇がポンッと叩いた。
「え?」
「今、取り繕ったとして、この先そなたが、一位らに対して沈黙を続けるなぞ無理な話だ。そなたにとって、沈黙は嘘と同義であろう?そなたが一位らに沈黙を守るなぞ、苦痛以外の何物でもあるまい」
「え?」
皇は『そなたを苦しめたくない』と、もう一度オレの頭を撫でて『一位』と、未だ泣きそうないちいさんに声を掛けた。
「はい」
「雨花は候補ではない」
「えっ?!」
皇は、いちいさんを一瞥すると、オレの頭に軽くキスをした。
「どあっ!」
いちいさんが泣きそうになってるのに、お前は何を!
驚いた顔で固まっているいちいさんは、多分真っ赤になっているだろうオレの顔を見て、目を丸くすると、もう一度『え?!』と、声を上げた。
「雨花は、余の唯一無二。候補などではない。そちらも、そのつもりでおれ」
そう言って、皇はオレの肩を抱き寄せた。
目を丸くして、ポカンとしていたいちいさんの目に、みるみるうちに涙がたまっていく。
皇……オレがいちいさんたちに黙っているのはつらいだろうからって、自分からいちいさんに話してくれたんだ。
「御台殿は、祭りが終わるまで待ちきれず、祝いにいらしたのだ。そちらが案ずるようなことではない」
いちいさんが小さく『はい』と、頷いた拍子に、大粒の涙が地面に落ちた。
涙声で『おめでとうございます』と、もう一度頭を下げたいちいさんを見て、オレは盛大にもらい泣きした。
そんなオレを鼻で笑った皇は、自分の着物の袖で、オレの顔を拭ってくれた。
……恥ずっ!
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