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だけ⑬

✳✳✳✳✳✳✳ 和室で夕飯を食べ、片付け終わるのを見計らったように、外から大きな爆発音と歓声が聞こえてきた。 「あ!花火?」 急いで縁側から外を見上げると、ヒュウっという音を上げて上っていった火の玉が、夜空に丸く大きく開いた。 「うわぁ!もみじ祭りって、夜、花火を上げるんだっけ?」 隣に立った皇を見上げると『いや』と、片方の眉を上げた。 「え?」 確かに、去年のもみじ祭りで、花火が上がった記憶はない。 「花火が上がる予定なぞなかった。……御台殿であろう」 「母様?」 「おおかた、そなたが嫁を承諾したことの、祝いの花火であろう」 「え?!」 「ん?」 皇はニヤリと笑うと、部屋にあった羽織を持ってきて、オレの肩にふわりと掛けた。 「ここは寒い。傷に障る。まだここにおるつもりなら羽織っておけ」 『うん。ありがとう』と、お礼を言うと、皇はオレの後ろにまわって、背中からそっとオレを抱きしめた。 皇……あったかい。 「まだ……夢みたい」 まだふわふわしてる。 こんな風に抱きしめられてるのに……それでもまだ、皇がオレを選んでくれたなんて……夢みたい。 「ん?」 「オレ……で、いいん、だよね?」 しつこいって、怒られるかなって思ったけど、皇はオレの耳元で、ふっと笑った。 「余も、今が誠……夢なのではないかと思う」 「え?」 皇も? 「そなたがサクヤヒメ様のもとをうろついておる間、そなたはもう二度と目を開けぬのではないかと……どれだけ恐ろしかったことか。あの日々を思えば、そなたが今、こうして腕の中でおかしなことを申しておるのが、夢のように思える」 「おかしなことって何だよ!」 「おかしなことではないか。そなたで良いのか……だなど。余にはそなたしかおらぬと言うたであろうが」 「聞いた、けど。だって、それも全部、夢みたいなんだもん」 「そなたが現実だと信じられるまで、幾度でも言うてやる。余にはそなただけだ。そなたでなければならぬ。そなたがおらねば、何もない」 「も!もういい!わかった!」 これ以上、そんな声でそんなことを言われ続けたら……耳から溶けていきそうだよ、バカ。 熱い顔を自分の膝に埋めると『余にもこれが現実だとそなたが思い知らせよ』と、皇に背中からまた抱きしめられた。 「え?」 後ろを振り返ると『余の名を呼べ』と、顔を近づけられた。 キス……される? ドキドキ、心臓がうるさい。 皇に聞こえちゃうじゃん。恥ずかしい。 「す、めらぎ?」 「今、一度」 「皇」 「ああ。……そなた、余の夢では、ないのだな」 皇がオレの頬を、優しく撫でた。 「……ないよ」 ふっと、唇が重なった。 「余も……そなたの夢ではない」 「皇……」 もう一度重なった唇は、オレから……だった。 ドオンという花火の開く音が、これが現実なんだって、後押ししてくれているみたいだ。 そこからオレたちは、夢じゃないって確認するためじゃないキスを、何度も、重ねた。 このまま、ここでする?と、思った時、皇はオレの体を離した。 「え……」 「これ以上触れれば……余は欲のままそなたを求め、傷付ける。余は今、そなたの全てが余のものなのだと、くまなく確かめたくて堪らぬ。そなたの肩を気遣う余裕を持てる自信が微塵もない。だが余は、もう二度とそなたを傷付けたくない」 皇はそう言って、オレの指先をキュッと握った。 オレだって……お前が全部、オレのものなんだって、今すぐ確かめたい。オレはお前のものなんだって、教えて欲しい。 肩なんて、今はそんな、痛くない。全然、痛くない、のに……。 「肩……痛くない」 「そのように申すな」 皇はオレをふわりと抱きしめた。 「余に……そなたを大事にさせよ」 皇……。 「今とて……そなたが欲しくて、裂けそうに胸が痛む。余をこのように苦しませるなぞ……そなたくらいだ」 「バカ……」 皇の胸に、思い切り顔をうずめた。 オレだって!もっと……お前に触りたくて……おかしくなりそうだよ。 花火が終わったようなので、皇と一緒に部屋に戻った。 布団に入ると、皇がオレの手を握った。 「早う、治せ。早う……そなたの全てに……触れたい」 オレだって! 何だか腹が立ってきて、返事もせずに、皇の手を思いっきり握り返した。 皇がビクリと体を震わせたのがわかって、ちょっと怒りが鎮まった。 隣の皇を見ると、口を結んで、ギュッと目を閉じている。 その様子が、何か……すごく可愛く見えて、ぎゅうぎゅう抱きしめたい衝動にかられた。 でも、出来ない。 う……。 もう二度と、無茶はしない!自分を大事にする!と、固く決意した。 だって、何の遠慮もなくお前に触ってもいいはずなのに、自分の怪我のせいで出来ないなんて、そんなのもうやだ! キスだけで我慢なんて、もう二度としないでいいように、オレはこの先絶対に、ケガなんかしないんだからっ!

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