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正しい”お付き合い”のすゝめ④

10分もしないうちに、ふっきーは離れの和室に、縁側からこっそり入って来た。 「ひとまず、おめでとうございます」 和室に通すと、並んで座っていたオレと皇に、深々と頭を下げた。 「あ、え、あの……」 ここはひとまず『ありがとうございます』でいいの?え?いいの? 「まさかこんなに早く、若が打ち明けられるとは……」 うん、ふっきー、オレの返事はどうでもいいんだね。 「小言は聞かぬ」 「小言ではありません。驚いているんです。若は二十歳の誕生日まで、雨花様にお気持ちを伝えることなど出来ないだろうと思っておりましたので」 え……どういうこと? 「あ?出来ぬだと?言うてはならぬ決まりを守っておったまでであろうが。余が腑抜けのように申すでない」 「腑抜け……恐れ入りますが、雨花様が絡むと、若はまさにそのものではないですか」 「あ?!」 顔をしかめる皇にひるむことなく、ふっきーは楽しそうに笑った。 「若が雨花様にお気持ちを打ち明けられたことが、現家臣団のお偉方に知れれば、お小言どころでは済まなそうですが……私個人としては、どれだけ楽になったかしれません。ありがとう存じます」 「え?」 どういうこと?何でふっきーが? ふっきーはオレのほうを見ると『本当に良いんですか?若で』と、笑った。 「良いに決まっておる!」 オレが返事をする前にそう返事をした皇が、ふっきーに絡み始めて、二人はオレの隣で何だかんだと言い合いになってる……んだけど。 「ちょっと!」 オレが二人に向けて大声を掛けると、二人は同時にこちらに顔を向けた。 「どう致した」 「いや、あの……まずね?ふっきーって、候補じゃないの?」 「候補だ」 「若、”大老”を付けてください」 「え?」 大老を付けてください?って、何? 「え?」 ふっきーも不思議そうな顔をしている。 「大老をつけるって、何?」 「え?候補に大老を付けて……って、若、雨花様にお話しなさっていらっしゃらないのですか?」 「あ?言うてなかったか?」 「え?」 何を? 「詠は余の大老候補だ」 「……は?……はあっ?!」 何それ?余の大老候補?大老候補って何? 「え?皇の大老?」 何が何だかわからない様子のオレを見て、ふっきーはふふっと笑うと『若は色々と説明不足なんですよ。私から説明させて頂きます』と、オレたちに頭を下げた。 大老職も、嫁候補と同じように、占者様に何人か候補として選ばれるという。 ふっきーは生まれた時にはすでに、次期大老候補に選ばれていて、小さい頃から大老になるべく教育されてきたのだと話してくれた。 ふっきーは次期大老候補として、皇と、皇の選ぶ真の奥方候補を守るべく、皇の嫁候補にさせられたのだという。このまま皇が、無事嫁を娶ることが出来れば、ふっきーは大老職を得たも同然らしい。 万が一、皇が嫁を娶れないなんて事態になったら、ふっきーが皇の嫁として鎧鏡家に入る可能性があるという。 ふっきーは『若に輿入れなど、考えただけで恐ろしく……。雨花様が若に輿入れするその日まで、この身に変えても、必ずや雨花様をお守り致します!』と、力強く頭を下げた。 そう言えば……駒様も候補の保険みたいなもんだって、皇が言ってた。誰も皇を選ばなかったら、最終的に駒様が嫁になるんだろうって。誰も皇を選ばないなんてあるわけないじゃん!って思ってたけど……ふっきーの話を聞いた今、皇がそんなことを言ったのも納得出来る。 ふっきーのこの嫌がりよう……。これを見たら、皇だってそんなこと言うよね。 ふっきーは皇が嫌いってわけじゃなくて、誓様と同じ理由なんだろうけど……。若様の嫁なんて恐れ多い……みたいな。 奥方候補ナンバーワンのふっきーまで、フェイクの候補だったなんて……。 オレだったらやきもちを焼くような時でも、すめが良ければそれでいいって、嘘偽りなく笑うふっきーに、オレは何度も打ちのめされてきた。 皇の嫁候補なら、ふっきーみたいに、広い心を持たないと駄目なんじゃないかって。 だけど! ふっきーは広い心を持った嫁候補なんかじゃなかったんじゃん!大老候補なんていう肩書きを持った、ごりっごりの家臣さんだったんだ! もー!なんだよー! でも、ふっきーに申し訳ないとか思わなくていいんだ。それにしたって、今まですっかりだまされた! ぷっと吹き出すと『何だ?』と、皇は、ちょっと嬉しそうな顔をした。 「私の説明で、おわかりになって頂けましたでしょうか?」 「あ!はい!っていうか、敬語やめてよ。こっちまでかしこまっちゃう」 オレがそう言うと、ふっきーは皇に視線をうつした。皇が小さく頷いたのを確認してから、ふっきーは『では、そのように』と言って『本当に良かったね、雨花ちゃん』と、いつものふっきーに戻って、ニッコリ笑ってくれた。 もー!本当に騙されたー! でもふっきーの今までの発言を振り返れば、大老候補ってのがしっくりくる。 なのにオレは、ふっきーは皇のことがすごく好きなんだと思ってて……って、ん?ちょっと待って! オレがそう思ってたのには、そう思うだけの理由があったからじゃん!

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