489 / 584
正しい”お付き合い”のすゝめ⑥
パソコン画面を開いてすぐ、ふっきーは『もうタイムリミットかな』と、時計を見た。
皇にこっそり来いって言われて、地下から、多分、誰にも言わずに来てくれたんだろうから、松の一位さんたちにいないのがバレたら大変だ。
「ふっきー、無理言って来てもらってごめんね」
ふっきーにそう言うと、ふっきーは『無理を言ったのは若。雨花ちゃんじゃないよ』と笑ったあと、真面目な顔でこちらに膝を向けて、畳に手をついた。
「改めて……雨花ちゃん。雨花ちゃんを守るためだったとはいえ、今まで隠していてごめん!」
ふっきーは、ぺこりと頭を下げた。
「あ、ううん!オレこそ、何にも知らなかったとはいえ、何か色々……ごめん」
オレも思い切り頭を下げると、ふっきーがプッと吹き出したのがわかって顔を上げた。目の前のふっきーは、眉を下げて笑っていた。
「これ続けてたら、また長くなりそうだよね。今度は候補として、玄関から堂々と来るから、その時ゆっくり謝り合おうよ」
笑いながら立ち上がったふっきーが『じゃあ、また』と、手を振った。
「うん!ありがとう、ふっきー」
「うん。では若、私はこれで。くれぐれも、雨花様を失うような真似はなさらないでくださいよ」
「わかっておる!早う去ね」
『呼びつけておいてこれですよ』と、ブツブツ言いながら、ふっきーは、入って来た縁側から出て行った。
「で?」
「ん?」
「何と書いてある?」
皇はパソコン画面を気にする素振りをした。
「ああ、えっと……」
パソコン画面を覗くと『正しいお付き合いの仕方』と、書いてある。
「正しいお付き合いの仕方……だって」
正しいお付き合いの仕方なんてものがあるなんて知らなった!みんな、こういうの見ながら、お付き合いしてるの?
「内容は?」
「んーっと、ここにはまず、手を繋ぐって、書いてある」
「そうか」
皇は小さく頷くと、オレの手を握った。
「ふぁっ!何?」
「あ?そなた、付き合うとはどういうことか、あげはに説明したいのであろう?そなたは、自ら経験してもいないことを、あげはに説明出来るのか?」
「は?手、繋いだことあるじゃん」
むしろ、”繋いだことがある”程度どころじゃない。
でも……。
”付き合う”って、こういうことからするもんなの?知らなかった!だってオレ……いわゆる”お付き合い”をするのは、皇が初めてだし。
柴牧家の家訓で、男女交際を禁止されてたから、誰かと付き合おうなんて思ったことがなかった。
その皇との関係だって、正式なお付き合いってのは、昨日、始まったばっかりなわけで……。
そんななのに、お付き合い前に、散々やることはやっちゃってるわけで……。
そんなこと、まだまだ可愛いあげはに言えるわけがない!
あげはは付き合うとはどういうことか、オレに質問してきてくれたんだから、それに答えてあげたい!オレがしっかり”お付き合い”とはこういうことだ!って、あげはに説明できるように勉強しなきゃ!
「皇!」
繋いでいる皇の手を引っ張った。
「ん?」
「正しいお付き合いをマスターするぞ!」
「あ?」
「あげはの将来のためにも、オレがいいお手本になってみせる!」
オレは皇の手を離して、書斎からまだ使っていない小さいノートを持ってきた。
パソコンに書いてある、正しいお付き合いの仕方っていうのを、書き写すためだ。
「この画面を書き写すのか?印刷すれば良いではないか。」
「印刷されたものを見ながらあげはに説明したら、インターネットからの情報そのまんまだって、すぐわかっちゃうじゃん」
「そうか」
皇に覗きこまれながら、オレは『正しいお付き合いの仕方』ってのを、だーっとノートに書き写し始めた。
「相変わらず、そなたの字は美しい」
皇は、オレのノートを見ながら口端を上げた。
「手を繋いだあとは何をする?」
皇は、ノートを書き終えたオレの手を握った。
何ていうか……これが『お付き合い中』を意味する行為なのだと思うと、ただ手を繋いでいるだけなのに、猛烈に……恥ずかしい!
そんな気持ちを隠すように、オレは、皇からノートに視線をうつした。
「えっと……次は、お互いの呼び方を決める、だって。思い切り恥ずかしい呼び方を勧めるって書いてあるよ?」
「恥ずかしい呼び方?」
「例えば、何とかリンとか、何とかタンとかどうでしょう?だって。えっと……オレだったら、あーりんとか、あーたん?かな?お前なら、すーりん、すーたんとか?すーたん、いいじゃん!」
そりゃないよなと思って爆笑すると、皇は『良いな』と、まんざらでもない顔をして、少し照れた。
はいぃぃ!?すーたんなんて、冗談だよ?
え?すーたんなんて、呼ばれたいの?
……。
……。
……。
……無理。
ともだちにシェアしよう!