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正しい”お付き合い”のすゝめ⑪
「え?用事、もういいの?」
いないと思っていた皇がいるってだけで、どうしても顔がにやつく。
皇は『本丸での用事は全て済ませて参った』と、読んでいた本を閉じると、組んでいた足を戻して、”隣に座れ”と言うように、ソファをポンポンっと叩いた。
「そっか」
オレはウキウキを隠すように、気のない返事をしながら、持っていた参考書なんかを机に置いてから、皇の座っているソファに向かった。
皇、オレを待っている間、どんな難しい本を読んでいたんだろう?と、ソファの前の机に置かれた本をひょいっと手に取ると、見覚えのある小説だった。
「あれ?これ、オレの本?」
「ああ。そこから借りた」
「こんな小説、読むんだ?まだ途中なら持ってく?」
そう言って皇に小説を渡し『疲れたぁ』と言って、皇の隣に座ると、皇がふっと笑った。
「何?」
「ん?そなたに、初めて渡った日のことを思い出した」
「え?」
「あの日も、そなたはここに座った」
初めての渡りの時、”家臣”であるオレが、次期当主の皇の隣に、躊躇いなく並んで座ったことに、皇はものすごく驚いたという。
皇と一番最初に会った時もオレは、”次期当主様”の質問に答えず、怒らせていたらしいけどね。
でもオレ、最初はここから逃げ出すことばかり考えていたから、皇がオレのことを怒ってるなんて知っても、あの時のオレなら『よし!』って、ガッツポーズをしていたに違いない。
『皇がここに座れって言ったから、あの時だってそこに座ったんじゃん』と、反論すると、皇は『余が隣に座れと言うても、普通の家臣であれば余の隣に並んで座ることはない』と、ふんっとうすら笑った。
『あぁはいはい。オレは鎧鏡家のこと何にも知りませんでしたからね』と、口を尖らせると、皇はふっと笑って『だから良かったのであろう。そなたを選んで間違いなかったと、隣に座ったそなたを見てそう思うた』と、また無駄に長い足をスッと組んだ。
「オレを謝らせたいから、選んだって言ってたくせに」
そう言って睨むと『まだ怒っておったのか?それだけではないと言うたであろう』と、皇は口端を上げた。
「だって……」
「そなたを選んだのは、前にも話した通り、あの展示会場でそなたしか目に入らなかったからだ。誠、余にはそなたしか見えなかった。目に見えぬ力が働いたとしか思えぬ」
「は?何、それ」
「ん?余にもわからぬ」
「はぁ?」
「そなたを候補に選んだのは、余にも説明の出来ぬ何らかの力が働いたとしか思えぬが……そなたを嫁に選んだのは、そのようなあやふやな力に導かれたからではない」
皇は、オレの手をキュッと握った。
「静生 に、そなたを選んだ時の話を聞かせると、大層驚かれた。それまで、他人の外見に興味がなかった余が一目惚れとは、相手はどれだけの美丈夫かとな」
静生さんとは、まだ正式に会ったことないのに、変にオレのハードル上げるなよ、バカ。
「だが、そなたに対する想いは、一目惚れなどというものではないと思う。……いや、一目で決めたということは、一目惚れと言えるのやもしれぬが」
「どっちだよ」
そう突っ込むと、隣で皇が『ははっ』と、笑った。
「そなたを候補に決めてすぐの頃は、そなたに腹を立てることばかりだった」
「は?」
「鎧鏡を知らず育ったそなたは、余の想い通りにならぬことばかりだった。嫁は家臣ではないと頭ではわかっていても、そなたは柴牧家殿の子息だ。どこかで余は、そなたに家臣としての振る舞いを求めておったのやもしれぬ」
「家臣としての振る舞いって?」
「家臣は余のどのような求めにも、必ず応じると思うておった」
「お前、本当に殿様気質だな」
「余はそのような人物でなければならぬと、育てられて参ったゆえ」
そうでした。
「だのに、そなたは初めての渡りの日、余の求めを全身で拒絶した」
「だっ!て、あの時は!男同士でそんなこと……考えられなかったし」
『そうであろうな』と笑った皇が、またオレの手をキュッと握った。
「だのに……そなたはいつ、余を受け入れた?」
「え……」
いつ?だろう?わからない。
だけど、いつの間にか……皇のことも、鎧鏡家のことも、受け入れてて……。
「あ!」
「ん?」
いつ受け入れたかははっきりわからないけど……去年の体育祭の日、自決覚悟の家出をして、母様に初めて出会ってから、皇のことをどんどん知っていったように思う。
あの日から母様と交換日記を始めることになって、母様に報告するんだからと、意識して皇のいいところを見るようになって……。
あれが、皇と鎧鏡家を受け入れる第一歩、だったのかも。
その話を皇にすると『それは強力な助太刀だったな』と、おかしそうに笑った。
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