496 / 584

正しい”お付き合い”のすゝめ⑬

思った通り皇は、オレから少し体を離した。 効いた! ニヤリとしそうになる口をキュッと引き締めると、じっとオレを見た皇は『そなたの嘘はすぐわかる。痛くはないのであろう?』と、少し顔をしかめた。 「ふぁっ!」 ば、れ、て、るぅ! そういえば、いつだか皇に、オレが嘘を吐く時の癖があるって言われたことがあった!それ?それなの?オレの癖って何?! 驚いたまま何も言えなくなったオレを見て、皇はふっと笑った。 「嘘なぞ吐かずとも、正直に嫌だと申せば、無理強いなぞせぬものを」 そう言って、皇はオレの鼻を軽くつまんだ。 正直にイヤって言えば、だと? 「そっちのほうが嘘だし」 「あ?」 「イヤってほうが嘘だし!でも……鎖骨が治ってもないのに、そんな……その……そういう、ことしたら!お前がまた母様に怒られるかもしれないじゃん!」 皇とそんなことするの……イヤなわけない。イヤじゃないけど、お前がまた母様に怒られちゃうかもしれないって思って……嘘、ついても止めようって、思ったんじゃん。 でも、嘘を吐いたのは、良くなかった、かも……。 謝ろうと思ったら、目の前で皇は、大きくため息を吐いて項垂れた。 「何?」 え?怒った? ちらりとオレを見た皇は、もう一度ため息を吐いて『未だに余はそなたに翻弄されるのだな』と、腕を組んで、ソファの背もたれにドンっと体を預けた。 「何だよ、それ」 怒ってはない、らしい。多分。 「良い。そなたの望みを叶えるのが、余の望み。そなたの望み通り、その肩が完治したのち、遠慮なくそなたを抱く」 「ぅえっ?!」 オレの望み通り?!って、何!オレ、そんなこと言っ……。 ……。 言ったも同然のこと、言った?かも……。 反論出来ず固まると、皇がふっと笑った。 「余との同衾を堪えずとも良いよう、もう怪我なぞするでない」 「なっ……」 オレが我慢してるみたいなこと言うな! ……いや、我慢、してる、けど! オレだけが我慢してるみたいなこと言うな! いや……皇は、我慢、してないかも、しれない、けど……。 目が合った皇が『何を膨れておる?』と、にやりと笑った。 「だって……お前が……オレばっかり我慢してるみたいなこと、言うから!お前は我慢してないの!?」 皇は目を丸くして、またため息を吐くと『ああ、余も大層堪えておる』と、項垂れた。 「何?!」 何なんだよ!もう! 「もうその話は良い。そなた、夕餉はまだであろう。余も共に食う。夕餉に致せ」 「はぁ?何?急に」 皇は『そなたが余りに愛らしいことばかり申すゆえ、そなたを抱き潰したい衝動に抗えなくなりそうで恐ろしいのだ。そなたは余を止めると申したが、そなたの発言は、余の猛りを助長させ、そなたに無体を強いらせたいとしか思えぬ!』と、睨んだ。 「はぁ?!」 オレの怒りは無視して、皇は電話を手にすると『夕餉を離れに運べ』とだけ言って電話を切り、オレの手を取った。 無言でオレの手を引いて和室に向かうと『頭を冷やす』と言って、一人で庭に降りて、木刀を振り始めた。 「ちょっ……」 木刀を振って頭を冷やすっていう、漫画みたいな皇に吹き出しそうになった。 木刀を振っている皇は、みんなが思っている理想的な次期当主様そのものの姿って感じで、本当にカッコいい。だけど、こうして必死に頭を冷やしているのかと思ったら、さらに吹き出しそうになって、オレはギュウっと口を結んだ。 それから皇は、必ず一日一回は、オレのところにやって来た。 ちょっとだけ来てすぐに帰る日もあれば、ほぼ一日いる日もあった。 時間のある時は、皇の趣味を探そうってことで、いろんなことを一緒にやってみた。 オレの鎖骨のこともあるから、運動系のことはあんまり出来なかったけど……チェス、ゲーム、映画鑑賞、曲輪の散策、シロの散歩、勉強、皇の車で地下のドライブなどなど……。 何をしている時に楽しそうなのか、よく皇を見ていたつもりだけど、何をしていても皇は、楽しそう……に、見える。 『楽しい?』と聞けば、必ず『楽しい』と、即答するし。 ある日、お茶をすすっているオレの隣で本を読んでいる皇に『今までしてきたことで、一番何が楽しかった?』と、聞くと『ん?何をしても同じだな』なんて言うので、オレはちょっと、ムッとした。 「お前の趣味を探したいのに!」 そう言って口を尖らせると、皇は『趣味?そなたは、余が楽しいと思うものを探っておるのであろう?』と、口端を上げた。 「ああ、うん。そう」 「それならわかった」 「えっ?!何?もう!お前が楽しいって思うことがあったなら、それが趣味じゃん!」 「それが趣味と申すなら、余の趣味は、そなただ」 オレは、盛大にお茶を吹き出した。

ともだちにシェアしよう!