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正しい”お付き合い”のすゝめ⑬
思った通り皇は、オレから少し体を離した。
効いた!
ニヤリとしそうになる口をキュッと引き締めると、じっとオレを見た皇は『そなたの嘘はすぐわかる。痛くはないのであろう?』と、少し顔をしかめた。
「ふぁっ!」
ば、れ、て、るぅ!
そういえば、いつだか皇に、オレが嘘を吐く時の癖があるって言われたことがあった!それ?それなの?オレの癖って何?!
驚いたまま何も言えなくなったオレを見て、皇はふっと笑った。
「嘘なぞ吐かずとも、正直に嫌だと申せば、無理強いなぞせぬものを」
そう言って、皇はオレの鼻を軽くつまんだ。
正直にイヤって言えば、だと?
「そっちのほうが嘘だし」
「あ?」
「イヤってほうが嘘だし!でも……鎖骨が治ってもないのに、そんな……その……そういう、ことしたら!お前がまた母様に怒られるかもしれないじゃん!」
皇とそんなことするの……イヤなわけない。イヤじゃないけど、お前がまた母様に怒られちゃうかもしれないって思って……嘘、ついても止めようって、思ったんじゃん。
でも、嘘を吐いたのは、良くなかった、かも……。
謝ろうと思ったら、目の前で皇は、大きくため息を吐いて項垂れた。
「何?」
え?怒った?
ちらりとオレを見た皇は、もう一度ため息を吐いて『未だに余はそなたに翻弄されるのだな』と、腕を組んで、ソファの背もたれにドンっと体を預けた。
「何だよ、それ」
怒ってはない、らしい。多分。
「良い。そなたの望みを叶えるのが、余の望み。そなたの望み通り、その肩が完治したのち、遠慮なくそなたを抱く」
「ぅえっ?!」
オレの望み通り?!って、何!オレ、そんなこと言っ……。
……。
言ったも同然のこと、言った?かも……。
反論出来ず固まると、皇がふっと笑った。
「余との同衾を堪えずとも良いよう、もう怪我なぞするでない」
「なっ……」
オレが我慢してるみたいなこと言うな!
……いや、我慢、してる、けど!
オレだけが我慢してるみたいなこと言うな!
いや……皇は、我慢、してないかも、しれない、けど……。
目が合った皇が『何を膨れておる?』と、にやりと笑った。
「だって……お前が……オレばっかり我慢してるみたいなこと、言うから!お前は我慢してないの!?」
皇は目を丸くして、またため息を吐くと『ああ、余も大層堪えておる』と、項垂れた。
「何?!」
何なんだよ!もう!
「もうその話は良い。そなた、夕餉はまだであろう。余も共に食う。夕餉に致せ」
「はぁ?何?急に」
皇は『そなたが余りに愛らしいことばかり申すゆえ、そなたを抱き潰したい衝動に抗えなくなりそうで恐ろしいのだ。そなたは余を止めると申したが、そなたの発言は、余の猛りを助長させ、そなたに無体を強いらせたいとしか思えぬ!』と、睨んだ。
「はぁ?!」
オレの怒りは無視して、皇は電話を手にすると『夕餉を離れに運べ』とだけ言って電話を切り、オレの手を取った。
無言でオレの手を引いて和室に向かうと『頭を冷やす』と言って、一人で庭に降りて、木刀を振り始めた。
「ちょっ……」
木刀を振って頭を冷やすっていう、漫画みたいな皇に吹き出しそうになった。
木刀を振っている皇は、みんなが思っている理想的な次期当主様そのものの姿って感じで、本当にカッコいい。だけど、こうして必死に頭を冷やしているのかと思ったら、さらに吹き出しそうになって、オレはギュウっと口を結んだ。
それから皇は、必ず一日一回は、オレのところにやって来た。
ちょっとだけ来てすぐに帰る日もあれば、ほぼ一日いる日もあった。
時間のある時は、皇の趣味を探そうってことで、いろんなことを一緒にやってみた。
オレの鎖骨のこともあるから、運動系のことはあんまり出来なかったけど……チェス、ゲーム、映画鑑賞、曲輪の散策、シロの散歩、勉強、皇の車で地下のドライブなどなど……。
何をしている時に楽しそうなのか、よく皇を見ていたつもりだけど、何をしていても皇は、楽しそう……に、見える。
『楽しい?』と聞けば、必ず『楽しい』と、即答するし。
ある日、お茶をすすっているオレの隣で本を読んでいる皇に『今までしてきたことで、一番何が楽しかった?』と、聞くと『ん?何をしても同じだな』なんて言うので、オレはちょっと、ムッとした。
「お前の趣味を探したいのに!」
そう言って口を尖らせると、皇は『趣味?そなたは、余が楽しいと思うものを探っておるのであろう?』と、口端を上げた。
「ああ、うん。そう」
「それならわかった」
「えっ?!何?もう!お前が楽しいって思うことがあったなら、それが趣味じゃん!」
「それが趣味と申すなら、余の趣味は、そなただ」
オレは、盛大にお茶を吹き出した。
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