502 / 584

正しい”お付き合い”のすゝめ⑲

「詠が帰ったことで、気付けたことがある」 「ふぅん。何?」 『ん?』と、もったいぶったように笑った皇は『余は物心ついた頃から、何かが足りぬといつも思うておった』と、ジッとオレを見た。 「足りない?」 鎧鏡家の次期当主として育ってきた皇に、足りないもの? 「ああ。だが……あの修学旅行で余は、満ちていることに気が付いた」 「はぁ」 満ちている? 「何故満ちたのか理由を考えた。それまでの余との違いは何なのかとな」 オレが『何だったの?』と聞くと、皇は鼻で笑った。 「そなたが片時も離れず、そばにいたことだ」 「え?」 確かにオレ、ずっと一緒にいたけど……。 でも、何か特別なことをした覚えはない。 皇にそう言うと『そなたに何かされたがゆえに、満ちたわけではない』と、ふっと笑った。 皇が何を言ってるのか全然わからない。足りないとか、満ちたとか。 オレは多少イラッとしながら『どういうこと?』と、皇を睨んだ。 「人はもともと半身で生まれ、絶えず失われた片割れを探していると、聞いたことはないか?」 「あー……うん。そんな話、あるよね」 「余がいつも足りぬと思うておったのは、それだろうと気付いた」 「え?」 「余はいつも、余の片割れを探しておったのだ」 「……」 それって……。 「そなたが、余の片割れだ」 そう言われた瞬間、どわーっと涙があふれた。何かわかんないけど……急に涙があふれてきて……。 皇はオレの涙を拭きながら、また大老様の話を始めた。 大老様は、皇が生まれる前の胎教の時点から、皇の"若様教育"に参加していたという。皇にとっては、3人目の親みたいっていうか、会うと親より背筋が伸びる人なんだそうだ。 本来なら大老職が、若様の教育係なんてことはしないのだそうだけど、お館様の昼行灯事件の二の舞にならないよう、皇を当主らしい当主に育てなければならないからと、大老様自ら、皇の教育係を申し出たという。 皇は小さい頃から『奥方様を迎えるその瞬間まで、何があるかわかりません。誰を嫁に迎えてもいいという心持ちでいなければなりません』と、大老様たちに言われて育ってきたそうだ。 サクヤヒメ様からの加護がない候補は、一門の内外問わず狙われやすい。誰か一人を嫁にと強く心に決めてしまったあと、その候補に万が一のことがあって、他の候補の誰も娶れないなんてことになったら、鎧鏡家は潰れてしまう。御霊戻しの儀式が出来る嫁がいなければ、当主とは認められないから……。 そんなことにならないために、誰か一人に強く心を奪われることがないようにと、大老様たちは皇にずっとそう言い続けてきたんだそうだ。 皇もあの修学旅行前までは、そうあらねばならないと思ってきたと、顔をしかめた。 「占者殿が選出した者とは、誰を娶ろうが上手くいくゆえ、二十歳の誕生日までは、誰か一人に強く気持ちを傾けてはならぬと言われ続けて参った。余は、それに疑いを持ったこともなかったのだ。……そなたを知るまでは」 「え……」 「そなたを知ったあの日から……ならぬことと自制しても、心がそなたに傾くのを……どうしても止めることが出来なかった」 それでも修学旅行前までは、大老様の言うように、誰を娶ることになってもいいようにしなければならないと、皇は必死にそう思おうとしていたという。 でもあの修学旅行で、オレが片割れだと思った皇は、オレ以外を娶ることは出来ないと、帰国早々、大老様に、次の展示会は中止にしたいと直訴したんだそうだ。 それを聞いた大老様は『奥方様候補を多く持つことが、家臣の安心に繋がっているのです。家臣の安心を思うなら、次の展示会で最低二人は候補を指名してください』と、皇を説得したという。 皇が多数の奥方候補を抱えることは、皇が家臣さんたちに与えられる、わかりやすい”安心”なのだという。候補がたくさんいればいるほど、嫁を娶らなければ当主を継げない決まりを、確実に守れることのアピールになるからだ。 皇は渋々、展示会を開催はしたけれど、どうしても候補が選べずにいたそうで、大老様にそう伝えると『占者様が選んだ者たちなのですから、誰を選んでもうまくいきます。決めかねるのでしたら、両端に座っているお二人でもいいのですから』と言ったそうだ。 皇は大老様のその言葉通り、一番最初と、一番最後に座っていた、天戸井と塩紅くんの二人を指名したそうで……。 この前の展示会であの二人を選んだ理由が、それ、だったなんて……。 『二人には申し訳なく思うておる。それ相応のことをするつもりでおる』と、皇は明らかにシュンとした。 『うん』と皇の手を握ると、皇もオレの手を握り返して『大老には……長い間、心配をかけて参った』と、ため息をついた。 大老様は、皇が筆下しの儀からずっと、誰にも反応しないのを知っていて、何とか皇が夜伽が出来ないものかと、色んな策を講じてきたという。 皇が不能だなんてことが家臣さんたちにわかれば、候補がどれだけいようが、嫁を娶れないんじゃないかなんて不安を、家臣さんたちに与えてしまうかもしれないからだ。 とにかく誰とでもいいから、皇が一度でも夜伽を済ませられれば、それが自信になって、不能は治るだろうと大老様は考えていたらしく、皇の寝室にそのための人材を何人も送り込んでいたという。 でも大老様があてがった誰にも、皇は全く反応しなかったそうだ。 そんな皇が、初めて自分から求めたのが、オレ、だったわけで……。 大老様は、皇がオレと初めての夜伽を済ませたことを知った時、ものすごく喜んでくれたらしい。 だけど……皇は、大老様が思っていたように、誰でも大丈夫になったわけではなく、オレにしか反応しないという、ある意味、大老様からしたら、もっと深刻な事態に陥ったわけで……。 オレにしか反応しないなんて、もう完全に、嫁はオレで決まりだと、言っているようなものだ。そんなことがみんなにわかったら、母様同様、オレが狙われかねないから。しかもオレは、母様みたいに強くなかったっていう……。 それで大老様はオレを守るために、オレは駄目候補だって噂を流したり、ふっきーをわかりやすく推すことにしたらしい。 そうやって守ったとしても、オレが皇との結婚を拒絶することもあるかもしれないと、大老様はそんな心配もしていたらしい。 だから天戸井と塩紅くんが新たな嫁候補に選ばれた時、あの二人が、皇をどうにかその気にさせてくれないものかと、二人に期待していたようだと皇が苦笑した。 大老様は皇に、オレ以外の二人とも夜伽が出来ないかと、何度となく言っていたそうだ。 「次期当主として、候補との夜伽は義務だと言われても、そなた以外に触れることが、どうしても出来なかった。それがどれだけ、大老を落胆させることになるか、わかっておっても……」 皇……。 オレをもう一度強く抱きしめた皇の腕の中で、オレはまた、ひとしきり泣いた。

ともだちにシェアしよう!