509 / 584
竜宮までのカウントダウン④
高遠先生の授業を終えて、部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、いちいさんが走って来て『若様がお見えです』と、オレの部屋に案内するようなジェスチャーをした。
「えっ?!会議、もう終わったのかな?」
オレのその呟きに『本日は会議後の宴がなかったようですね』と、にっこり笑いながら、いちいさんがオレのカバンをスッと受け取ってくれた。
『会議のあとって、絶対飲むのかと思ってました』と、笑うと『はい。大概、会議のあとは宴になるようですが……。これから年末にかけて、夜の会合が忙しくなる時期ですので。今日くらいは飲まずに、という話になったのかもしれませんね』と、困った顔をした。
急ぎ足で部屋に戻ってドアを開けると、皇がベッドの下を覗き込んでいる姿が目に入った。
「何してんの?」
「ああ、終わったのか?」
「うん。早かったね。来ても夜中かと思ってた」
「ああ」
一緒に入って来たいちいさんが、オレのカバンを机に置くと、一礼して部屋を出て行った。
「何か落としたの?」
オレも一緒にベッドの下を覗こうとかがむと、皇は『もう見つかった』と、オレの腕を掴んで立たせた。『そう?』と、返事をして、着替えるためにクローゼットに向かった。
「入試も近いが、どうだ?」
「え?受かるよ」
クローゼットの中で部屋着に着替えながらそう返事をすると『随分な自信だな』と、皇がふっと笑ったのがわかった。
「高遠先生の教え子、東都大合格率100パーセントなんだって。知ってた?オレがそのパーセンテージ、下げるわけにいかないじゃん。お前こそ、オレのところに来てばっかりで、受かるの?」
皇は『ああ、受かる』と、言って、ソファに座ったようだった。
ま、皇が落ちるわけないだろうけどね。
「大学に入れば、今までとは比べものにならぬほど、そなたを欲しがるうつけが増えるのだろうな」
「はぁ?」
『そんなうつけ、お前だけだろ』と、笑いながら皇の隣に座った。
『余だけと申すなら、余だけに寄越せ』と言いながら、皇の顔が近付いた。もうすぐ唇が当たる!という瞬間、どこからか、いかにも”警報音”みたいな音が鳴り響いた。
「うわっ!えっ?!何?!」
咄嗟に皇の袖をギュッと掴むと、目の前の皇は大きなため息を吐いて、オレの肩に頭を置いた。
ため息とか吐いてる場合か!何なの?この音?!
「大老だ」
皇は着物の袖から携帯電話を取り出して、画面をオレの顔に近付けた。
相変わらず警報音を鳴らし続けている携帯電話の画面には『大老』の文字が点滅していた。
「え?大老様に何かあったの?」
「あ?大老からの電話だ」
「電話?え?この警報音、電話の着信音?」
「ああ。大老からの着信がすぐわかるよう、詠に設定させた」
それを聞いて吹き出した。
ふっきー!確かにこの音なら、大老様からの電話だってすぐわかるけどさ!いくら皇からの命令だったとしても、これを設定をしたのがふっきーだって大老様には知られないほうがいいと思うよ?
皇、どんだけ大老様からの電話を嫌がってるんだか……。
でもここで皇の最後のトラウマが、取れるかもしれない!
「大老様とふっきーからの電話に出たら、ご褒美だろ?」
オレは、未だ警報音を鳴らしている皇の携帯電話の通話ボタンを押した。
『若!今どちらですか?』
電話の向こうから、大老様らしき声が漏れ聞こえる。何だか焦っている様子が伝わってきた。
衆団会議がある日は、皇は誰にも渡らない。本丸にいると思っていた皇が、今オレのところにいることが知られたらまずいんじゃ……。
内心ビクビクし始めたのを察したのか、皇はオレを抱きしめて、電話を耳にあてた。
「何の用だ?」
『すぐに三の丸へ!』
大老様の焦った声は、小さいけれどオレにもよく聞こえた。大老様が焦って三の丸へ急ぐように……なんて連絡をしてくるってことは、誰かが急病、とか?
「あ?」
『柴牧家 様が襲われました!』
「えっ?!」
父上が?!
驚いて、皇よりも先に発した声が、大老様に聞こえてしまったのか、大老様は電話の向こうから『雨花様、ですか?』と、聞いてきた。
「父上は無事なのですか?!」
皇から電話を取ってそう聞くと、大老様は少し黙ったあと『詳しい話が、私にも届いておりません。つい先ほど、三の丸に運ばれたとしか……。若とお二人で三の丸へ。私もすぐに参ります』と、言って、そこで電話を切った。
「皇!父上が!父上が襲われたって!なんで父上が」
「落ち着け。柴牧家殿は、強い。そなたの父を信じろ。急ぐぞ」
「……ん」
皇に抱えられるようにソファから立ち上がると、腕を引かれるまま、転がるように部屋を出た。
ともだちにシェアしよう!