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竜宮までのカウントダウン⑤

皇が『誰ぞ!』と、呼ぶと、すぐにいちいさんが走ってきて『玄関に車の用意をしてございます。お急ぎください』と、頭を下げた。 いちいさんにも連絡が来ていたらしい。 いちいさんは、玄関へと急ぐオレと皇と一緒に走りながら『先程私のもとに入った連絡ですと、柴牧家様は命に別状ないとのことです』と、教えてくれた。 「本当ですか?!」 「はい。あちらにいた九位殿からの連絡ですので、確かかと」 「ありがとうございます!いちいさん!」 また泣きそうになって、繋いでいた皇の手を強く握った。 皇は、もっと強く、オレの手を握り返してくれた。 「ですが、怪我の程度はわかりません。どうぞお急ぎください」 「はい!いってきます!」 「お気をつけて!」 そこで玄関に着いて、皇と二人、急いで車に乗り込んだ。 「そのような顔を、父に見せるでない」 車の中で、泣きべそをかいていたオレの頬を、皇はキュッとつねった。『大丈夫だ』と、何度か小さく頷くと、オレを強く抱きしめた。 皇に抱きしめられると、何もかも大丈夫な気がしてくる。 三の丸に着くまで、父上は大丈夫!父上は絶対大丈夫!と、皇の腕に包まれながら、ずっと心で繰り返した。 「若様、雨花様に、大変なご心配をおかけ致しまして、申し訳ございません」 父上がそう言ってオレたちに深々と頭を下げた。 息を切らしながら三の丸に到着したオレたちを、処置室の前で出迎えたのは、父上本人だった。 父上はてんで無事で、怪我の程度を聞けば、ちょっとかすり傷を作っただけだと言う。 だけど、父上の車の運転手である土井さんは重症で、今、母様の処置を受けていて、多分このまま入院になるだろうと、父上が唇を噛んだ。 父上が襲われたんじゃなくて、土井さんが襲われたの? 「何があったんですか?父上。襲われたって、何で?」 「……」 「父上!」 「雨花、柴牧家殿を責めるでない」 皇は、オレの背中をポンッと叩いた。 「……お前、何か知ってるんだろ?」 オレの質問に、皇は口をつぐんだ。 「何も言わないのが答えじゃん!みんなでオレに何を隠してるの?!」 皇と父上が顔を見合わせた。 それを見て、今日のいちいさんと皇を思い出した。父上と皇も、二人でオレに何かを隠してる。 三人がオレに隠し事をするなんて、理由は一つしか思い浮かばないけど。 「オレが知ったら、危険な目に合うとか、傷付くとか、そんなことなんだろ?お前がオレに隠し事する理由なんてそれしかない!」 今は、そう信じてる。 「わかっておるなら何も聞くな。そなたも、そなたの大切に想うものも全て、余が守る。信じろ」 「信じてるよ!信じてる!お前は絶対、オレを守ってくれるって。だけど!オレだって……お前が守りたいもの全部、一緒に守りたいって言ったじゃん!」 「……」 「オレには一緒に守らせてくれないの?守られるだけは嫌だよ!オレにも関係あることなんだろ?隠さないでよ。自分のことなのに、知らないほうが……怖いよ」 こぶしを握った手で皇の胸を叩くと、皇に腕を掴まれて、抱きしめられた。 「余にも、わからぬことばかりなのだ」 「え?」 「だが……今、余が知る全てを話す」 皇はオレを抱きしめたまま、父上に向かって『良いか?』と、聞いた。 父上は『若様の思うままに』と、また深々と頭を下げた。 「人目に付きます。雨花様、ベールをお被りください」 そう後ろから声を掛けられて、飛び上がるほど驚いた。 振り向くと、大老様が顔をしかめて立っていた。 「そのように易々とお顔を晒してはなりません。お忘れですか?」 「あ……」 オレが返事をする前に、皇が『雨花のベールを持て』と、大声を上げると、遠くのほうから『かしこまりました』と、声が聞こえた。 「ベールが来るまで、こうしておれば良かろう?」 そう言って皇は、オレの頭を、自分の胸にギュッと押し付けた。 「柴牧家様、ご無事で何よりでした」 皇に頭を抱えられているから、大老様の様子が見えないけど、声を聞いているだけだと、大老様は皇の問いに返事もせず、父上に挨拶をした。 「ああ。大老殿にも、ご心配をおかけした。かたじけない」 父上って、何か大老様より偉そう?と、思ったところで『お持ち致しました』と声がして、皇がふわりとオレにベールを被せた。 皇から離れて、改めて大老様に向き直ると、大老様はオレの前に膝をついた。 「え?!」 「私の不用意な電話で、雨花様に要らぬご心配をおかけしました。申し訳ございません」 大老様はそう言って、長くオレに頭を下げた。

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