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竜宮までのカウントダウン⑥

「大老様が電話をしてくださらなければ、誰も本当のことを教えてくれなかったと思います。今回の件、オレも関係あるんですよね?」 大老様は頭を下げたまま、何も返事をしてくれない。 皇が何も言わないのに、大老様から話してくれるはずもないか……。 『頭をお上げください』と、大老様の腕にそっと手を置いた。 その時、処置室の扉が開いて母様が出てきた。オレと皇を見ると『あれ?』と、目を丸くした。 「御台様!土井は……」 父上が母様に駆け寄ると、母様は『命に別状はないし、後遺症が出るような傷でもない。大丈夫。うまく避けたんだと思うよ。さすがだね』と、父上の腕をパンパンっと叩いた。 『ありがとうございます』と、父上が深々頭を下げると、母様は『安心したところで、詳しい話を聞かせてもらおうか』と、オレの頭をポンッと撫でた。 父上が、キュッと口を結んで『はい』と、頷いた。 三の丸の診療施設があるほうを、深の間、と、呼ぶらしい。深の間には、何度か入院しているけれど、今、母様のあとについて歩いているこの廊下は、今まで入ったことがなかった。 暗い廊下の突き当りのドアノブに、母様はポケットから取り出した鍵を差し込んだ。 ドアを閉めたと同時に感じた圧迫感……。防音性の高い部屋、なんじゃないかと思う。 広いとは言えない部屋の中には、ソファセットが置いてあって、壁際の作り付けだろう本棚には、医学書らしき本がずらりと並んでいた。 母様が一人掛けのソファに、オレと皇が二人掛けのソファに、父上が二人掛けのソファに一人で座って、大老様は、母様の少し後ろに立ったまま座ろうとはしなかった。 「で?何があった?」 母様が父上に向かってそう聞くと、父上は『はい』と、ゆっくり頷いた。 衆団会議が終わり、宴が開かれないと決まったあとすぐ、父上は土井さんが運転する車で本丸を出発した。 曲輪を出てしばらく走った時、土井さんが驚いた声を上げて急ブレーキをかけた。車のすぐ前に人が飛び出して来たと言って、土井さんは確認すると外に出た。 しばらくすると、車の外から土井さんの叫び声が聞こえてきて、父上は急いで外に出た。暗闇の中、土井さんの姿を探すと、ふいに黒づくめの……多分、男、が、父上を襲って来た。 しばらく応戦していた父上の蹴りが、綺麗に相手の脇腹に入ったと思った次の瞬間、黒づくめの男は走り去った。追いかけようと走り出したところで、土井さんが倒れているのを見つけた父上は、三の丸に連絡を入れた。 すぐに三の丸の救急車がやってきて、土井さんと父上は三の丸に運ばれた……と、いうのが、父上が話してくれた、襲撃事件のあらましだった。 「顔は見たか?」 母様がそう聞くと、父上は『いえ。目出し帽を被っていました』と、首を小さく横に振った。 「他に、手掛かりになるようなものは?」 父上はもう一度、首を横に振った。 「あの!その暴漢は、土井さんを狙ったって、ことはないんですか?……父上、なんですか?」 オレの問いに、みんなが口をつぐんだあと、皇が『御台殿』と、母様を呼んだ。 「ん?」 「雨花に、今、私が知りうる限りのことを話します。これ以上隠していては、また雨花が無茶をしかねません」 母様は『それがいい』と、大きく息を吐いた。 「若、これを」 それまで黙って母様の後ろに立っていた大老様が『見て頂くのが、一番早いかと』と、皇に何かを差し出した。 小さな……何だろう?それと何か……メモ、みたいな……。 皇の手にすっぽり包まれてしまったそれらが何なのか、オレにはわからなかった。 皇はすぐにそれを受け取って、着物の胸あたりにスッと入れた。 大老様は『柴牧家様の奥様もご心配なさっていらっしゃるでしょう。今宵はこれで。雨花様に関しましては、若に一任、ということで、柴牧家様もよろしいでしょうか?』と、父上に窺うように、小さく首を傾げた。 父上は『よろしくお願い致します』と、皇に深々と頭を下げた。   そのあと、父上は大老様が用意してくれた車で帰って行き、オレは皇と一緒に梓の丸に帰った。 玄関まで迎えに出てくれていたいちいさんに、皇は『雨花に全て話す。そちも知ること全て雨花に話せ』と言って、いちいさんにオレの部屋に一緒に来るように命じた。 三人でオレの部屋に入ると、皇はプロジェクターの準備をするようにいちいさんに言って、着物の胸あたりから、さっき大老様に渡されただろう物を取り出した。USBだ。 皇がパソコンにUSBを差し込んで操作すると、部屋の奥に垂らされたスクリーンに、ズラリと並んだ大勢の人の映像が映し出された。 「まずは、これを観ろ」 「何、これ?」 「先月の、衆団会議の様子だ」 今日の衆団会議じゃなくて、先月の?

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