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竜宮までのカウントダウン⑫
『あ!あっくん、もしかして、うちを誰が継ぐか心配してる?心配いらないわよ?はーちゃんの旦那さんになる人が継ぐか、私がもう一人、男の子を産めばいいんだから』
「は?え?はーちゃんの旦那さんになる人って、イングランドの人ですか?」
『え?イングランドの人?』
「はい。今年のお正月、その人と二人でお正月を祝ったみたいなメッセージを、はーちゃんからもらって……」
『ああ、そんなのとっくに終わってるわよ。そのあと、インド人の子とか、韓国人の子と付き合ったって聞いたわ。韓国人の子がね、アイドルみたいにかっこ良くって!ママ、息子にするならあの子が良かったわぁ。でも、結局その子とも別れて、今はフリーなんですって』
……聞きたくなかった。はーちゃんのワールドワイドな彼氏遍歴なんて……。
オレが『うわぁ』と、言うと、母様は『はーちゃんが結婚しないなら、ママがもう一人産むって言ってるじゃないの』と、ふふっと笑った。
「いや、そっちの心配じゃなくて……っていうか、もう一人産むって、何言って……」
『だから、柴牧の後継者なんて、どうにでもなるって言ってるの。あっくんが柴牧を継ぐとか言って帰って来たって、おうちには入れないから、そのつもりでね』
「え?」
『あなた……若様を守りたいって言ったでしょう?あなたが大事にしたい人、見つかったのよね?あなたが望んだ幸せを、家のためなんて理由で、自分で手放すようなことはしないで』
「母様……」
『だって、そんなことになったら、パパ、ショックで立ち直れないわよ?そうでなくても今回のことで、皆さんにご迷惑をおかけすることになったって、パパ、ものすごく落ち込んでるのに……。あっくんにも迷惑をかけたって……』
「なんでオレに!?」
『パパね、パパが奥方教育をしていなかったせいで、あっくんに肩身の狭い思いをさせてるんじゃないかって、何かあるたび落ち込むのよ。今回のことも、あっくんはうちの子に生まれなければ、こんな揉め事に巻き込まれず、若様のおそばでただ幸せだっただろうに、なんて言ってて……』
「そんな!」
それを言ったら、オレが父上の息子じゃなかったら、父上は襲われなかったのにってことにもなるじゃん!
近くで通話を聞いていた皇が、オレの携帯電話を取り上げた。
「余は、鎧鏡を何も知らず育って参った雨花だからこそ、選んだ」
『えっ?!……若様?』
「ああ。余は……雨花をこのように育ててくれたことに、感謝しておる。柴牧家殿が、雨花に鎧鏡のことを何も知らせず育てた理由は、雨花の姉上殿から聞いた。柴牧家殿と奥方殿が、雨花を大事に育てたことは、雨花を見ればわかる。雨花の育て方に罪悪感を抱く必要など何一つない。雨花の親であることを、誇って欲しい。余には、今のままの、雨花が必要だ」
携帯電話の向こう側で、母様のすすり泣く声が小さく聞こえてきて、オレはめちゃくちゃもらい泣きした。
皇は電話を持っていないほうの腕で、オレをギュウっと抱きしめると『雨花を柴牧に戻せば、事は収まるやもしれぬ。だが……雨花を手放す気はない。余が雨花を手放さぬことで、誰かに犠牲を払わせるような真似もせぬ。柴牧家殿にもそう伝えて欲しい』と、母様に言った。
その先の、皇と母様の話は、自分の鼻水をすする音で聞こえなかった。
電話を切った皇は、オレの顔を自分の着物の袖で拭いて『そなたはやはり、母譲りだな』と、笑った。
「え?母様、なんて?」
「柴牧家は自分が守るから心配いらないと……。それよりも、そなたは家族思いで自己犠牲を払いたがるゆえ、実家に戻るなどと言わないよう、縛りつけておいて欲しいとおっしゃった」
柴牧の母様が、いかにも言いそうな言葉だ。
「そう聞いて……そなたが必死で守るそなたの家族を、羨ましく思うた」
「バカ!」
皇をギュウっと抱きしめた。
「オレ……前に学校で先生に、家に帰るように電話があったって言われた時……真っ先に、ここに帰らなきゃって、思ったんだ。柴牧の家じゃなくて、ここに。オレの家は今、ここなんだよ?お前も、お館様も母様も、一門のみんなも……オレが必死で守りたい家族だよ、バカ!」
「雨花……」
皇はオレの頬に手を置くと、苦しそうな顔をした。
「……何?」
「そなたの父を襲ったのは……一門の者やもしれぬのだぞ」
さっきから、皇が何か言いたそうだったのは、これ、だったんだ。
今回の襲撃事件、襲われた父上も、恐らく襲った犯人も、どっちも……皇が大事に思い信頼してきた、オレが家族って呼んだ”一門の人間”なんだ。
「犯人……早く止めてあげなきゃ。互いを思い合う強い絆が、一門にとって、すごく大事なものなんだろ?だったら……誰にもそれを、失くして欲しくない」
皇は頷くと『そなたの望みを叶えるのが、余の望み』と、ふわりとオレにキスをした。
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