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竜宮までのカウントダウン⑮
ガッカリしたような気持ちで部屋に戻ると、窓下のラグの上で、のそりと寝返りを打ったシロが目に入った。
父上襲撃事件からここ、シロは番犬のごとく、オレが一人で部屋にいる時には、たいがい一緒にいてくれる。
「あ!」
シロなら……オレがはーちゃんの居場所を知らなくても、はーちゃんのところに連れて行ってくれるんじゃないの?前も、皇の居場所はわからなくても、皇のところに連れて行ってくれたじゃん!
「シロ!」
一人で行動したらいけないって、駒様に言われたけど……。
シロはゆっくり伸びをして、体を起こした。
一人で行動したことが誰かに気付かれる前に、はーちゃんの無事と、いちいさんの居場所を確認して帰って来れば……。
シロなら、それが出来る!
「シロ……あ、いや、シロガネさん。あの……はーちゃんの、姉上のところに連れて行って欲しいんです!」
シロは小さく首を振った。
「え?駄目って、こと?……ですか?姉上が襲われたかもしれないんです!姉上の怪我は、軽傷みたいなんですけど、姉上の護衛の人が、重症かもって……。だから今、姉上には、護衛がついてないかもしれなくて……姉上、強くないしまた狙われるかも……」
最後まで言い終わる前に、シロはオレの腹に頭をこすり付けて、器用にオレを背中に乗せてくれた。
「シロ!ありがとう!あ、ございます!」
シロは窓の下まで行くと、窓を開けろというように首を振った。
オレが窓を開けると、シロはオレを背中に乗せたまま、ふわりと窓から飛び出した。
内臓が持ち上げられるような浮遊感が来る予感の中、シロのクリクリした真っ白い巻き毛に抱きついて、ギュッと目を閉じた。
「え?」
いつものごとく、あっという間に、スタッ!とシロが地面に足をつけた感触がわかって目を開けると、そこは、シロのお気に入りの、蔦 のカーテンの向こう側だった。
「姉上のところにって……」
シロはオレを背中から降ろして、大きく首を振った。
「え?……どういう、こと?」
「シロガネはこの曲輪から出たらただの犬だ」
どこからかそんな声が聞こえて、オレはあたりをキョロキョロ見渡した。でも近くに人影はない。
今の声、誰?どこから?
蔦の向こう側から聞こえるのかな?と一歩足を踏み出すと『あなたが私を呼ぶとは珍しいと思ったら……』という、すごく……なんていうか、耳触りのいい、カッコイイ声がまた聞こえてきた。
「え?だ、れか……いるん、ですか?」
「ここだ」
声は、下のほうから聞こえてくる。視線を下げると、シロのふわふわの巻き毛の足元に、茶色いトラ柄の可愛い子猫が、ちょこんと座っているのが目に入った。
「ぅわぁあああああ!シロ!動かないで!潰しちゃう!」
ふっきーのとこのスミとは、明らかに違う。茶色いし、めちゃくちゃ小さい子猫だ。
『どこから来たの?』と、シロの足元から、茶トラの子猫を抱き上げようとすると、シロはオレの腕を頭で振り払って、子猫をガブリと噛んだ。
「うわぁぁぁぁぁ!シロぉぉぉぉぉ!」
シロ!サクヤヒメ様の狛犬でしょうが!なんてことを!
シロの口から子猫を助けようと手を出すと、シロに噛まれて体をダラリとさせている子猫が、クルリとこちらに顔を向けて『うるさい奴だ』と、言った。
……言った、よ?
「……どわぁぁぁぁぁ!」
猫!
猫!が!しゃべった!
オレは飛びのいた反動で、地面に尻もちをついた。
シロに咥えられている子猫は『お前がシロガネの”ハラナカ”か』と、ふんっと鼻を鳴らした。
「ハラナカ?」
「腹の中に入れてでも守る、一級守護対象のことだ」
「え……そう、なの?」
子猫は、シロの顔を伺うように見上げると、シロは子猫をそっと地面に降ろした。
「シロガネがそうだと言っている」
「あ、はぁ」
……うん。シロがあのシロガネさんなんだから、子猫が話せたって何も驚くことなかったなと、何だか急激に納得した。
うん。だって、鎧鏡家だし。
っていうか、この子猫、何者?曲輪の中で見たことはない、はず。
「あの、あなたは?」
ちょこんと目の前に座っている小さな茶トラの子猫の前にしゃがみこんでそう聞くと『私は、コガネ。人間にはシシと呼ばれている』と、またふんっと鼻を鳴らした。
「シシ……シシ?!」
皇がいつか話してた、シロの対のシシか?!
「シロの対の?」
「対?番 だ」
「つがいぃ?!え?シロ、いや、シロガネさんの、奥さん?……って、ことですか?」
そう聞くと、茶トラの子猫は『お前たち人間の世界の呼び名に当てはめるなら、シロガネが私の嫁だ』と、得意そうな顔をした。
それを聞いたシロが、茶トラの子猫の頭をガブリと噛んだ。
「うわぁぁぁ!シロぉぉぉぉ!」
オレが驚いて叫び声をあげると、シロの口をこじ開けて顔を出した子猫が『騒ぐな。嫁の甘噛みだ』と、かっこよさげな顔をして、ふっと笑った。
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