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竜宮までのカウントダウン⑰
「一位様は、お出掛けに……」
「出掛けている?……雨花様の現状が不安定な今、梓の丸の総責任者が屋敷を空け、雨花様をお一人で外出させる事態を招くとは、何たる失態!」
オレが一人で外に出たのと、いちいさんの外出は関係ない!いちいさんを責めるのはお門違いだ!
そう思った時、皇が泣かなくなったっていう、三歳の時の話を思い出した。
皇が転んで泣いたのを、大老様は、駒様の責任だと怒ったって……。その時の皇の気持ちが、今、ものすごぉくわかる!自分のせいで大事な人が叱られるなんて、三歳の皇はどれだけ苦しかっただろう。駒様だって、困ったはずだ。
いちいさんにそんな思いはさせない!今の大老様の怒りは、いちいさんじゃなくて、オレが受けるべきものだ!
「オレが一人で外に出たのは、いちいさんが外出しているからじゃありません!いちいさんを責めないでください!オレが一人で外に出たのは、オレの責任です!」
そう言ったオレに、大老様はふっと笑った。
「責任?あなたがどう責任を取ると?あなたは、一門が何よりも守るべき奥方様候補を、危険にさらしたのですよ?今はたまたまご無事だっただけです。万が一、雨花様に何かあったとしたら、あなたはどう責任を取ってくださったのですか?」
「……」
塩紅くんが自殺未遂した時、塩紅くんがしたことは、奥方様候補に対する殺人未遂だって、大老様が言ってた。
さっきオレが一人で外に出てしまったことは、大老様や家臣さんたちからしたら、奥方様候補を危険に晒した……って、ことなんだ。
オレを『あなた』と呼び、『雨花様』は、まるで別にいるかのように話す大老様の言葉に、オレは奥方候補であると同時に、一門の人間でもあるんだと、そんな当たり前のことを今更ながらに自覚した。
一門の人間として、何より”雨花様”である自分を、守らないといけなかったんだって……。
次期当主の奥方様候補を危険にさらして、万が一のことでもあったら、皇は当主を継げなくなる可能性だって出てくる。そんな重大な責任を、オレが……取れるわけない。
だけど!だって、はーちゃんが!
「あの!はー……いえ、姉が!襲われたと聞いて!」
「私も、葉暖様のことを聞き、急ぎご報告に参りました。まさか、すでに雨花様のお耳に入っているとは……」
「友人が教えてくれて、それで……」
「それで?」
はーちゃんが心配で、安全を確認したくて、一人で、外に……。
「……」
さっき、さんみさんには、シロの散歩に出てたなんて、言ったくせに……。
さんみさん、嘘ついてごめんなさい。
はーちゃんが危険だったからなんて、急に本当の理由を言って許してもらおうと思った自分が、本当にバカだと思った。
はーちゃんは襲われたんだ。
そんな危険な場所に一人で行こうとしてたなんて……一門の人間として考えたら、シロの散歩のためって理由より、てんで最悪だ。
家臣さんたちが、オレ一人を守るのに、どれだけ気を使って、どれだけの時間を費やしてくれているか……。家臣さんたちのことを考えたら、バレないうちに戻って来たらいいだろうなんて考え方も、一人で外に出るなんてことも、絶対にしたらいけなかったんだ。
オレが黙り込むと、大老様は小さく息を吐いた。
「ご友人からどのように聞かれたのかはわかりませんが、葉暖様はご無事だと、報告を受けております」
大老様がそう言った時、大老様の後ろからさんみさんが『一位様から電話です』と、大老様に電話を渡した。
いちいさん?!本当に無事だったんだ?!
大老様は『ああ』とか『そうか』とか、話をしたあと『しばらく屋敷から離れてもらう。一位不在の屋敷の運営を組み立て、こちらに戻り次第報告しろ』と言って、電話を切った。
屋敷から離れてもらう?!いちいさんを、屋敷から追い出すつもり?!オレが一人で行動したから?!
「いちいさんに責任を取らせるってことですか?!もう絶対に一人で行動しません!だから、オレのせいでいちいさんを屋敷から追い出すなんてしないでください!」
「……雨花様のご無事を守るのは、梓の一位が何よりも優先しなければならない仕事です。梓の一位はそれを怠りました。一位という職を解任させるには十分過ぎる理由です」
いちいさんを……解任?!
「そんな!」
いちいさんがいたからオレ……今までやって来られたのに!いちいさんが梓の一位じゃなかったら、オレ、きっとずっと前にダメになってた!
オレを心配して、泣いてくれたいちいさん……。オレのために、樺の一位さんや大老様にまで食ってかかってくれたいちいさん……。何よりいちいさんは……オレの幸せを、オレ以上に喜んでくれる人で……。
そんないちいさんが、オレのせいで解任される?!
オレの、せいで……。
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