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竜宮までのカウントダウン⑲
「ええもちろん。雨花様には、候補でいてもらわねば困ります」
大老様はそう言って、大きくため息をついた。
「えっ?!」
いいの?オレ、候補のまんまでいいの?!だって大老様、曲輪を出ていけって……。
「これまでの犯人が一門の人間であるならば、曲輪は安全な場所ではございません。犯人の目的が何かわかるまでは、雨花様をお守りするためにも、一門の誰も知らぬ場所に避難して頂きたいのです」
そういうこと?!
でも、オレを守るためって……。だって犯人は、オレに柴牧を継がせたいんじゃないの?だったらオレは、守られなくても大丈夫なんじゃないの?
「父や姉が狙われたのは、オレに柴牧を継がせたいからじゃないんですか?だったらオレが狙われることはないんじゃ……」
「雨花様が柴牧家を継げば、雨花様は自動的に奥方様候補ではなくなります」
「え?」
「雨花様に柴牧家を継がせたい理由が、奥方様候補から外すことであるなら、雨花様が一番危険です。葉暖様を狙った犯人は、未だ逃走中とのこと……」
「待ってください!父上や姉上が狙われたのは……オレ、を、候補から外すため?」
皇を見ると、口を固く結んでいる。
「いえ、そういった可能性もあるということです。そうと決まったわけではありません。そうでなくとも、他にも雨花様は狙われる可能性がございますので、曲輪より避難を……」
「え?」
どういうこと?
大老様に質問しようとすると、皇が『雨花は余のそばに置き、余が守る』と、大老様を睨んだ。
「それはなりません」
「何故だ!候補を守るのは、余の務め」
「若」
大老様は、皇をじっと見た。
それだけで、皇が何も言えなくなるのも仕方ないと思った。大老様は、人に有無を言わせない迫力がある人なんだ。
「若が二十歳の誕生日を迎えるまで、一人に決めてはなりませんと、あれほどきつく申しておりましたのに……すでに雨花様に、お気持ちを伝えてしまわれたのですね?」
一瞬目を見開いた皇は『それが何だ』と、ムスッとした顔をした。
確かにさっき皇は、オレしか娶らないって言っちゃってた。
「葉暖様が襲われたことで、現在の鎧鏡が混乱の中にあると広く知られたのです。それに乗じて、鎧鏡を陥れようとする輩が動かないとも限りません。奥方様候補に、サクヤヒメ様からのご加護がないのは、一部、門外の人間にも知られております。鎧鏡を陥れようとする輩が狙うとすれば、奥方様候補でしょう。若が雨花様をそばに置き、ご自分で守るとなれば、奥方様は雨花様に決めたと、宣言したようなもの。若が雨花様を庇えば庇うほど、雨花様の身に危険を及ぼすことになるのです」
さっき大老様が言ってた、オレが狙われる可能性が他にもあるって、そういうことだったんだ。一門外からも、狙われる可能性があるって、こと?
「どれだけの輩に狙われようが、余がこの身に代えても、雨花を守る!そう誓った!」
大老様は、小さく首を横に振った。ふぅっと息を吐くと、いきなりオレの腕を引いて、オレの首に何かを当てた。
「大老!何を!」
「動けばこの首、切らせて頂きます」
こちらに近づこうとした皇に、大老様がそう言うと、そこで皇は動きを止めた。
大老様は『今、若が躊躇った一瞬で、雨花様の首は落ちましたよ。若もご無事ではいられなかったでしょう』と言うと、オレを解放した。
『奥方様を雨花様で決めたと知られるということは、雨花様が若の弱点だと知られるということです。若に雨花様は守れません。雨花様がおそばにいることで、若の御身も危険に晒されるのです。今、それがおわかり頂けましたでしょう』と、立ち尽くす皇に、強い口調で言い放った。
皇は口を結んだまま、何も反論しなかった。
「鎧鏡の正当後継者は、若しかおりません。必ずご自分の身を守り、雨花様以外の候補を娶れるとおっしゃるのなら、雨花様をおそばに置いても良いでしょう。それが出来ないのなら、どうか……雨花様を私にお預けください」
大老様はその場に膝をついて、深々と皇に頭を下げた。
皇はずっと口を結んだまま、何の返事もしない。
皇は、自分でオレを守るって、オレと約束したから、自分でオレを守ろうとしてくれてるんだ。
オレは……オレだって……皇が、オレを守りたいって思ってくれてるように、皇を守りたい!
オレが皇のそばにいることで、皇を危険に晒すかもしれないのなら……今のオレが、皇を守るために出来ることは、一つしかない。
「皇……オレ、大老様と行く」
今のオレには、皇のそばを離れることでしか、皇を守る術がない。
「何っ?!」
「大老様は、ずっと鎧鏡家のことを守ってきてくれた人でしょう?鎧鏡が大変な時も、大老様がいたから乗り切ってこられたって、聞いたよ?オレ……大老様の判断に従う」
「……」
「主君の一番大事な仕事は、家臣を信じることだって、いつか父上が言ってた」
皇は『大殿様も同じことをおっしゃっていた』と、大老様に視線を向けた。
「雨花様は、若の掌中の珠。覚悟を持って、預からせていただきます」
また深々と頭を下げた大老様を見下ろして、キュッと唇を噛んだ皇は『いつ出立する?』と、大老様に声を掛けて、オレを腕の中に抱きしめた。
避難場所への出発の準備のために、一時間ほど時間が欲しいと言った大老様を見送ったあと、すぐにいちいさんが戻って来た。
はーちゃんと、はーちゃんを庇ってくれた阪寄さんの無事の報告を聞いて、心配をかけたことへの謝罪を受けている時、いちいさんが曲輪を出るように大老様から言われていたことを思い出して、大老様に、いちいさんの解任の撤回をしてもらいに行こうとすると『いえ、ぜひご一緒させてください』と、いちいさんに頭を下げられた。
「え?」
「大老様がおっしゃった、"曲輪を出る支度をしろ"というのは、雨花様の避難場所に、一緒について行く準備をしろという意味です」
「ぅえっ!?」
「何より……大老様がどれだけ私に腹を立てようが、大老様に私を解任する権限など一切ございませんので」
いちいさんは、にっこり笑った。
……うん。いちいさんは、絶対に敵に回したらいけない人だと思う。
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