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竜宮までのカウントダウン⑳
避難場所には、いちいさんと、ふたみさんも一緒に来てくれるらしい。
少し前にいちいさんは、大老様から『雨花様に危険が及ぶと判断されれば曲輪から避難していただく』という話をされていたんだそうだ。
今回の避難は、静かな場所で受験勉強に励めるようにっていう意味もあるらしく、大老様が準備してくれた避難場所には、高遠先生も同行してくれるという。……なんていうか、至れり尽くせり?
オレは受験勉強をするための準備だけするようにいちいさんに言われ、皇と二人、部屋に残された。
勉強道具だけなのですぐに準備が終わり、ソファに座っていた皇の隣に座ると、皇は『もう準備は良いのか?これも持ってゆけ』と、皇がプレゼントしてくれた帯締めを持ってきた。
「一族の誕生石は、嫁を守る特別な石との言い伝えがある。ゆえにそなたに土産としてダイヤを買った。これが、そなたを守る」
「え?でも母様は、特別な意味はないって……」
そうだよ。ダイヤをもらって浮かれてたのに、母様にそう言われて、どれだけ落ち込んだことか!
「そなたに決めているだろうことは、大老には読まれておったと、いつぞや話したであろう?」
「うん」
だから大老様、オレのことを陰ながら守ってくれてたって、聞いたけど……。
「万が一そなたに決めていたとしても、決してそなたにそれを気取られてはならぬと、大老から言われておった。そなたに思いを伝えることで、余やそなたの言動から、そなたを嫁にすることが広く知られる危険があると……。知られれば、そなたが狙われる可能性がある。御台殿も同じように言われておったゆえ、余の思いをそなたに知られぬよう、大層苦心していらしたのだ」
皇はオレの手を取って、一緒にソファに座らせた。
母様のあの”特別じゃない”って言葉は、オレを守るためだったんだ。
確かにオレ、自覚はないけど、すぐに顔に出るみたいだし……。
「そなたを失う可能性が少しでもあるなら、そなたに思いを告げてはならぬと思うておった。だが、そなたに思いを告げたあの時、そうせねば、そなたは意味のない肩書きを守るため、今度こそ余の手の届かぬところにいってしまうのではないかと……恐ろしくなった。そなたを嫁に決めたと広く知られたところで、そなたのことは余が守れると思うた。ゆえに、そなたに思いを告げたのだ」
皇は、そこで頭を抱えた。
「皇?」
「そなたの母上殿にも、そなたを柴牧家殿にお返しせぬことで、もう誰も傷つけさせぬと誓った。誠、そう出来ると、思うておったのだ。だが、余はそなたの姉上殿を、守ることが出来なかった」
「姉上は無事だったし、それに……」
『それに、オレが柴牧に帰らないから、はーちゃんが襲われたかなんてわからない』と言う前に、皇は『だが襲われたではないか!』と、ギュッと拳を握った。
「柴牧家殿が襲われたのは、余がそなたに思いを告げたあとだ。あれほど禁じられておったに……そなたを失うかもしれぬという恐ろしさに、後先考えず、そなたに思いを告げた。そなたの父も姉も、余がそなたを嫁に決めたと知った者に、襲われたと考えるのが自然であろう?余はそなたを……そなたの大事なものを……守るどころか、危険に晒した元凶だ!」
「皇!」
オレは、皇をぎゅうっと抱きしめた。
「オレの身に危険が及んだとしても……オレは、あの時お前の気持ちを知ることが出来て……良かったよ?」
「……」
「だから……お前が元凶だって言うなら、オレだって一緒だよ。お前だけで、苦しまないでよ」
腕の中にいる皇は、オレにギュッと抱きついた。
「そなたは……大老の言う通り、余の弱点だ。大老にそなたを盾に取られ、余は一歩も動けなかった。己の弱さを、思い知った。……大老がそなたを預けろと申した時、大老は、そなたに柴牧を継がせ、余には別の候補を宛がうつもりではないかと、疑った。そなたに大老を信じろと言われ、大老を疑っている自分に気づいた。余は……大老ですら疑うほどに弱く……そなたを失うのが恐ろしい」
皇……。オレを失うのが、怖い?
皇を、こんなに怖がらせてるのは、オレ……なんだ。
オレがサクヤヒメ様のところから戻るのを拒否してた時の恐怖心は、一生忘れないって、皇、言ってた。それが、皇を未だに、こんなに怖がらせてる。
「オレ、ちょっと離れることがあっても、絶対お前のところに戻ってくるって言ったじゃん!絶対だから!……怖がらないで、信じてよ」
皇の手を握ると、強く握り返された。
オレに抱きついていた皇が、立ち上がってオレを見下ろした。
「そなたを……余の掌中の珠と申した大老に、そなたを託す。今はそうすることでしか、そなたを守れぬ余を……許せ」
「オレも……お前から離れることでしかお前を守ることが出来ないって、思った。だけど……お前の気持ちを知った今だから、信じて、離れられる」
皇は、オレに帯締めを渡して、小さく頷いた。
「早う犯人を見つけ出し……そなたを迎えに参る」
「うん」
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