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竜宮までのカウントダウン㉒

「そういえば……そなたから、まだ褒美を貰っておらぬ」 皇は、突然思い出したようにそう言うと、オレの目尻から唇を離した。 「え?」 褒美? 「大老の電話に出た分だ」 「え?……あ」 父上が襲われたって、大老様からかかってきた電話に出た時?のこと? 「褒美って……」 「余への褒美は、そなた以外ないと言うたであろう」 褒美……。 オレは、目の前の皇の肩に手を置いて、そっとキスした。 でもこれ……皇へのご褒美っていうか、オレが、ただキスしたかっただけっていうか……。 恥ずかしさで下げた視線を皇に戻すと、さっきとは逆に、オレがソファに押し倒された。 「うおっ!」 皇は、オレの胸に顔を埋めて、動かなくなった。 「……皇?」 「まさかの褒美であった」 「え?」 「先日の褒美程度かと、高をくくっておった」 『何それ?』と、笑いながら、皇の頭をなでると、驚くほど強い力で、手首を捕まれた。 「そなたと過ごせば過ごすだけ、己の欲が深くなる」 「欲?」 「そなたにも……余と同じように、求められたいと、願う」 「え?」 そこで皇は、オレの手首を離して、またオレの上で動かなくなった。 「そなたは、余に触れられるのを、嫌悪しておったであろう?」 「そんなの……すごく前のことだろ?お前に触られるの、嫌なわけないじゃん。今だって……こうしてるのに」 そう言って、皇の頭をもう一度撫でた。 「余は……長く、人と肌を重ねることを、嫌悪して参った。そなたも、余と肌を触れ合わせるたび嫌悪しておるのではないかと……余の抱いて参った嫌悪感を、余がそなたに味わわせておるのではないかと……幾度も恐れた。それでも……そなたが欲しかった」 皇は、オレにきゅっと抱きついた。 「そなたを初めて見たあの日、そなたを……美しいと思うた。白木蓮の化身なのではないかと……」 「へ?」 鎧鏡家なら、そんなのいるかもしれないけど……いやいや。 「オレ、雨で化粧が落ちて、顔グシャグシャだったよね?」 むしろそれ、化け物じみてたって意味か? 「そうだったかもしれぬ。だが……美しいとしか、思わなかった。そなたは、余とかか様しか触ることを許さぬシロを撫でておったのだぞ?白木蓮の化身と思うても不思議はなかろう。その白木蓮の化身が、展示会場におった。余がどれだけ驚愕したことか」 「人間だったくせに、若様の問いを無視したのか!謝らせてやる!ってことで、オレを選んだってこと?」 「謝罪させたいだけで選んだのではないと、言うたであろう」 「言ってた、けど」 そこで皇は、オレをじっと見つめて、頬に手を伸ばした。 「生まれて初めて、恐ろしいほどに……欲しいと思うた。そなたは、雨の中、佇んでおった花の化身。ゆえにそなたに、雨花という名を、贈った」 雨花って名前の由来……そう、だったんだ。 「オレ……雨花って名前、好き、だよ」 皇は、体を起こして、オレを見下ろした。 「余だけの……花に、したかった」 皇の指が、そっとオレの唇をなぞった。 「こうして触れることが、そなたにとっての嫌悪ではなくなったと知っても……余は未だ、満足せぬ」 「え?」 「余だけの花にしたというに…満たされぬ。そなたにも、余と同じように求められたいと、願うようになった」 同じように求められたいなんて……オレのほうがお前のこと……ずっとずっと欲しがってると、思うけど。 「同じようにって……皇、オレのこと、そんな、欲しがって、た?」 同じように求められたいって、お前はオレに、どんなこと、求めてるの? 「余の褒美が、そなた以外ありえぬように……そなたへの褒美が、余であれば良いに……」 もう一度、オレの唇に触れた皇の指が、小さく、震えてた。 「バカ」 「あ?」 「そんなの、もう、とっくにそうだから!」 皇の、バカ! いつも殿様気質なくせに、たまにすごく自信なさげなこと言うんだから! オレは、皇をソファに押し倒して見下ろした。 「オレ、お前を助けたいから、すごく我慢して、お前と離れるんだから!褒美もらうから!」 驚いた顔をしている皇の口めがけて、顔を近付けた。 自分からキスをするのは、いつも……少し、怖い。 好きだから。 こんなことして、皇に嫌われるのが、怖いから。 皇が不安そうなのも、自信なさげなのも、きっとオレと、同じ……なんだよね。 「……終いか?もう、要らぬか?」 「もっと……」 皇の唇が、優しく、触れる。 オレは『もっと』『もっと』と、何度も、何度も"褒美"を強請った。

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