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竜宮までのカウントダウン㉓
大老様と一緒に、いちいさんが、出発の準備が出来たと、オレを呼びに来てくれた。
小さな荷物を持って、繋いでいた皇の手を放した。
『さあ、お早く』と、大老様に促されて、オレは部屋を出ようと歩き出した。
ひっそりと出発しなければならないからと、外まで見送りに来てはいけないと大老様に言われた皇が、オレの後ろで、立ち尽くしているのがわかる。
唇には、皇の熱が……まだ残ってる。
だけど、この熱を忘れる前に、戻って来られるだろうか?
今振り向いたら、皇はまた不安な顔をしているような気がした。
オレの気持ちなんて、皇はとっくにわかってるだろうって思ってた。だけど、周りから見たら皇の気持ちだってバレバレだったっていうのに、オレには全然わかってなくて……。
それだけ皇のことが好きで、嫌われるのが怖くて、自分に自信が持てなくて、皇の気持ちに、気付けずにいたんだ。
皇も、もしかしたら、オレと同じだったのかもしれない。だからいつも、不安そうにしてた?
胸の中にいることがまだ慣れない、少しひんやりとしたプラチナのプレートを握りしめた。
これは、オレだけだって言ってくれた皇が、その気持ちを形にしてくれた物だ。皇はこんな風に、オレのことが好きだって、形にまでしてくれて、何度も……言ってくれた。だからオレは、お前の気持ちを信じて離れることができる。
だけど……。
オレは?オレは、皇の不安が解消するようなこと、皇にしてあげたこと、あった?
皇は、今までも、何度も何度もオレの気持ちを聞いてきた。なんでそんなに自信なさげなんだって思ってたけど、そうなるのも仕方ないじゃん。
だってオレ……皇にまだ、何も言ってない!
部屋を出る直前、オレは踵を返して、皇の胸に飛び込んだ。
「雨花様!?」
飛び込んだオレを受け止めて、よろけた皇の耳に口を付けた。
「皇……好きだよ」
皇にしか聞こえないくらい、小さな声で、皇の耳に囁いた。
ヒュッというような音を上げて、皇が小さく息を吸った。
オレは、耳を抑えてソファに座り込んだ皇に『行ってくる!待ってるからね!』と、手を振って、部屋を出た。
大老様、いちいさん、ふたみさんと一緒に乗り込んだ車は、しばらく地下を走ったあと、緩やかな上り坂を走って地上に出た。
見覚えのない場所で、一番最初に視界に入ったのは、大きなヘリコプターだった。
ヘリコプターの機内に入ると、すでに大きな荷物が、いくつも載せられていた。
オレのあとに、いちいさんとふたみさんが続いて機内に入ったのに、しばらくしても大老様が乗り込んでこない。
オレをシートベルトで席に固定し、ヘッドセットを渡してくれたいちいさんに『大老様は?』と聞くと、いちいさんは『大老様でしたら……』と、操縦席のほうに視線を移した。
操縦席を見ると、すでに座っていた操縦士さんが、こちらに振り向いた。
「大老様?!」
……が、ヘリを操縦するの?!
「私も驚きました」
そう言って、肩をすくめていちいさんが笑うと、装着したヘッドセットから『飛ぶぞ。早く座れ、一位』と、大老様の声が聞こえてきた。
「大老様、どれくらいかかるのですか?」
しばらく飛んだところで、いちいさんが大老様にそう聞くと『着くまでの時間か?それとも帰れるまでの時間か?避難のための費用についてか?』と、逆に聞いてきた。
いちいさんが『目的地に着くまでの時間です』と言うと『夜中まではかからないだろう』と、返事をした。
オレたちが座った後ろの席に窓はない。このヘリが遊覧飛行用でないことは確からしい。操縦席の前の窓から見える景色は、すでに真っ暗だった。今が何時かわかるような物は、機内には何もない。
「雨花様は、どれくらいで曲輪に戻れるとお考えですか」
いちいさんの問いに『今は予測不能だ。だが犯人を確実に仕留めるためには、それ相応の時間は必要だろう』と、大老様が返事をした。
「雨花様の入試には間に合いますでしょうか」
「約束はしかねる。間に合わない場合のために、試験会場の警備強化の準備は進めている」
入試まで?年越しも避難先で迎えることも、ありえるって、こと?
「中途半端な解決は望んでいない。お前も同じだろう?一位。そのためには時間が必要だ」
「私の望みは、雨花様の幸せです」
「それは、同意見ということだろう?」
「大老様を信じて良いのですね?」
「私が信じられずとも、お前自身のさだめは信じられるだろう?お前はいずれ、奥方様に仕えるさだめを持つと、ご神託を受けたと聞く」
「えっ?!」
なに、それ?なんのこと?
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