529 / 584

竜宮までのカウントダウン㉔

驚いたオレに、いちいさんは小さくお辞儀をして『奥方様とは、肩書きでしかありません。候補様であれば、その呼び名を冠する資格をお持ちでしょう。私は"雨花様"の幸せを望んでいるのです。大老様も、私と同じ意見ということでよろしいのでしょうか』と、強い口調でそう聞いた。 「お前が奥方様に仕えるさだめを持つのなら、お前が雨花様に仕えている限り、いずれ雨花様が奥方様になるということだ。雨花様が大切なら、雨花様のおそばを離れず、一位としての役目を果たせ」 大老様にそう言われて、いちいさんはそれ以上、何も言わなかった。 っていうか、何?その、いちいさんのさだめって……。初めて、聞いたんだけど……。 そう言えば、いちいさんが母様に気に入られてるって、どっかの一位さんが言ってた。そのさだめがあるから、母様はいちいさんのこと、余計目にかけてたのかも。 いや、そんなさだめなんかなくたって、いちいさんのことを知ってる人は誰だって、いちいさんを気に入るに決まってる。 そんなことを思っていると、大老様から『雨花様』と、呼ばれた。 「はい」 「若は、雨花様を娶れないのなら、鎧鏡を継がないなどとおっしゃっておられましたが……若の代わりに伊右衛門様に鎧鏡を継がせるなど、あってはならないことです。若をお止めくださり、ありがとうございました」 「え、いえ……」 「鎧鏡の婚儀については、若も詳しくご存知ありませんので、あのようにおっしゃるのも致し方ありません。ですが、若と伊右衛門様では、明らかに出自が違います。若は、間違いなく、お館様と御台所様の和子」 「えっ?!」 やっぱり皇は、母様が産んだってこと?! だって、ずっと不思議に思ってた!皇とお館様は血が繋がってるから似てるのはわかるけど、母様と皇は血が繋がってないはずなのに、なんか、すっごく似てるんだもん! え?ちょっと、待って!じゃあオレも、皇の子を? 「若の生物学的なご両親は、弐川田様ご夫妻で間違いないですので、そこはご安心ください」 オレの慌てっぷりを察してくれたようで、大老様はそう付け加えた。 びっくりしたー! 「若は現在、雨花様しか娶る気はないとおっしゃっておいでです。無事、雨花様が奥方様になられたあかつきには、今の私の話をご理解いただけることでしょう」 大老様は『もうすぐ着きます』と、何やら計器をカチカチと操作し始めた。 思っていたよりも、合宿所は近いらしい。ブラジルとか、日本の反対側あたりに連れていかれるんじゃないかって、ちょっと思ってた。 いや……このどう見ても軍事用のヘリコプターがものすごく速くって、降りてみたらブラジルあたりってこともあるかもしれないけど。 「どこに着くのですか?」 いちいさんも、避難場所については聞かされていないんだ。 いちいさんの問いに、ヘッドセットから『ご一族もご存じない、個人所有の無人島だ。無人島とは言っても、必要最低限のインフラ設備は整っている。雨花様にも不自由なく生活していただけるはずだ』という、大老様の声が聞こえてきた。 ヘリコプターのプロペラが止まると、聞えてきたのは波の音だった。 大老様が開けてくれたドアから、いちいさん、ふたみさんに続いて島に上陸すると、大老様は『あちらに向かいます』と、少し離れたところに見える光を指した。 建物、だよね?あそこが”合宿所”ってこと、かな。 「高遠先生は、このあと、他の荷物と一緒にお連れします。あちらの屋敷でお待ちください」 「あ、はい。……あの、ここ、日本、ですか?」 ふとそう聞くと、大老様は『どうでしょうね』と、ふっと笑った。 「日本だろうがそうでなかろうが、雨花様には、この島でしばらく受験勉強に勤しんでいただきます」 大老様がポンッとたたいた木の看板?に、『ようこそ竜宮へ』と、書かれているのが目に入った。 「……」 うん。……たぶんここ、日本だ。

ともだちにシェアしよう!