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竜宮までのカウントダウン㉔
驚いたオレに、いちいさんは小さくお辞儀をして『奥方様とは、肩書きでしかありません。候補様であれば、その呼び名を冠する資格をお持ちでしょう。私は"雨花様"の幸せを望んでいるのです。大老様も、私と同じ意見ということでよろしいのでしょうか』と、強い口調でそう聞いた。
「お前が奥方様に仕えるさだめを持つのなら、お前が雨花様に仕えている限り、いずれ雨花様が奥方様になるということだ。雨花様が大切なら、雨花様のおそばを離れず、一位としての役目を果たせ」
大老様にそう言われて、いちいさんはそれ以上、何も言わなかった。
っていうか、何?その、いちいさんのさだめって……。初めて、聞いたんだけど……。
そう言えば、いちいさんが母様に気に入られてるって、どっかの一位さんが言ってた。そのさだめがあるから、母様はいちいさんのこと、余計目にかけてたのかも。
いや、そんなさだめなんかなくたって、いちいさんのことを知ってる人は誰だって、いちいさんを気に入るに決まってる。
そんなことを思っていると、大老様から『雨花様』と、呼ばれた。
「はい」
「若は、雨花様を娶れないのなら、鎧鏡を継がないなどとおっしゃっておられましたが……若の代わりに伊右衛門様に鎧鏡を継がせるなど、あってはならないことです。若をお止めくださり、ありがとうございました」
「え、いえ……」
「鎧鏡の婚儀については、若も詳しくご存知ありませんので、あのようにおっしゃるのも致し方ありません。ですが、若と伊右衛門様では、明らかに出自が違います。若は、間違いなく、お館様と御台所様の和子」
「えっ?!」
やっぱり皇は、母様が産んだってこと?!
だって、ずっと不思議に思ってた!皇とお館様は血が繋がってるから似てるのはわかるけど、母様と皇は血が繋がってないはずなのに、なんか、すっごく似てるんだもん!
え?ちょっと、待って!じゃあオレも、皇の子を?
「若の生物学的なご両親は、弐川田様ご夫妻で間違いないですので、そこはご安心ください」
オレの慌てっぷりを察してくれたようで、大老様はそう付け加えた。
びっくりしたー!
「若は現在、雨花様しか娶る気はないとおっしゃっておいでです。無事、雨花様が奥方様になられたあかつきには、今の私の話をご理解いただけることでしょう」
大老様は『もうすぐ着きます』と、何やら計器をカチカチと操作し始めた。
思っていたよりも、合宿所は近いらしい。ブラジルとか、日本の反対側あたりに連れていかれるんじゃないかって、ちょっと思ってた。
いや……このどう見ても軍事用のヘリコプターがものすごく速くって、降りてみたらブラジルあたりってこともあるかもしれないけど。
「どこに着くのですか?」
いちいさんも、避難場所については聞かされていないんだ。
いちいさんの問いに、ヘッドセットから『ご一族もご存じない、個人所有の無人島だ。無人島とは言っても、必要最低限のインフラ設備は整っている。雨花様にも不自由なく生活していただけるはずだ』という、大老様の声が聞こえてきた。
ヘリコプターのプロペラが止まると、聞えてきたのは波の音だった。
大老様が開けてくれたドアから、いちいさん、ふたみさんに続いて島に上陸すると、大老様は『あちらに向かいます』と、少し離れたところに見える光を指した。
建物、だよね?あそこが”合宿所”ってこと、かな。
「高遠先生は、このあと、他の荷物と一緒にお連れします。あちらの屋敷でお待ちください」
「あ、はい。……あの、ここ、日本、ですか?」
ふとそう聞くと、大老様は『どうでしょうね』と、ふっと笑った。
「日本だろうがそうでなかろうが、雨花様には、この島でしばらく受験勉強に勤しんでいただきます」
大老様がポンッとたたいた木の看板?に、『ようこそ竜宮へ』と、書かれているのが目に入った。
「……」
うん。……たぶんここ、日本だ。
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