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true colors②
大老様はそのあと、いちいさんとふたみさんに、屋敷の中を詳しく説明すると言ってリビングを出て行き、しばらくして戻ってきた。
「私はこれで、曲輪に戻ります。何か聞いておきたいことはございませんか?」
大老様にそう聞かれたけど、特に何も浮かんでは来なかった。
『今のところは何も……』と返事をすると、いちいさんとふたみさんも、同意するように頷いた。
「では、私はこれで戻ります」
お辞儀をした大老様は、何かを思い出したように『あ』と言うと『雨花様』と、オレを呼んだ。
「はい?」
「前にも幾度か申し上げておりますが……」
「はい?」
え?何?なんだろう?
「家臣の前で、若を呼び捨てになさらないように」
「あ……」
確かにオレ……呼び捨てしまくって、ました、よね。
『すいません』と、頭を下げると、大老様から『そういった言動から奥方様は雨花様で決まりだろうなどという噂がたつのですから、くれぐれもお気をつけください。ですから若には、雨花様にはお気持ちを伝えてはならないと、きつく申し上げて参りましたのに……。若は雨花様に関しては、どうにも判断力も決断力も鈍り、堪え性はなく、方向性を見失うようで……』と、あとからあとから、皇の文句が出てくる、出てくる。
だけど……大老様は、皇を大事にしてるんだろうなっていうのが、言葉の端々に感じられて、何だかちょっと、嬉しくなった。
大老様は、皇の嫁がオレでいいと思ってくれてるんだろうか。
ふっきーは、大老様はオレのこと、気に入ってるはずって言ってくれたけど……。今まで一度も、そんな風に感じたことはなかったし……。
だけど、それを大老様に確認する勇気なんか、オレにはないわけで……。
『ですから、本当にお気をつけください』と、まとめた大老様に『はい!』と、いい返事をすることしか出来なかった。
大老様がヘリで島を飛び去ってから、高遠先生に屋敷内を案内するという名目で、いちいさんも一緒に、もう一度屋敷の中を見て回った。
この屋敷は、梓の丸より小さいけど、一般的な家よりは断然大きいと思う。病院の診察室みたいな部屋まであるし。
『この部屋、診察室みたいですね』と、みんなに言うと、高遠先生が『診察室そのものだ』と、笑った。
「え?診察室?」
高遠先生がカーテンを開けると、その奥に、診療道具らしき物がずらりと並んでいた。
「急遽来ることになったと言っていた割には、何かと準備が整っているじゃないか」
高遠先生はそう言って『医療用具が新しい。手術までは無理かもしれんが、簡単な処置をするには十分だ』と、色々持ち上げて見ている。
「先生、お医者さんみたいですね」
オレがそう言って笑うと、いちいさんが『え?』と、驚いた声を上げた。
「え?」
なんか、おかしいこと言った?オレ?
高遠先生は『そうかそうか。知っているもんだと思っておった』と、大笑いすると『私はもともと医者だよ』と、椅子に掛けられていた白衣をバサッと羽織って『サイズもぴったりだ』と、白衣の裾を持ち上げた。
「うえっ?!」
「いくら”しこん”でも、若の嫁候補を、医者もいない孤島に幽閉はしまいよ」
先生は、また大笑いした。
「しこん?」
「ああ、大老のことだ」
しこんっていうのは大老様の名前で、紫に紺で"紫紺"だと、先生が教えてくれた。
かっこいいし、大老様っぽい名前だなぁ。
鎧鏡家の使用人さんたちは、本当の名前はそうそう明かしたらいけないらしいけど、高遠先生は別格ってことだろう。
オレは、うちの側仕えさんたちの名前を、誰一人知らないし。
「あ!いちいさん!」
家臣さんの名前の話で、急に思い出した!阪寄さんのこと!
「はい?」
「はーちゃん……あ、姉上に、護衛の人をつけてくださっていたこと、本当にありがとうございます」
「あ、いえ、私が勝手にしたことで……」
「護衛の人、阪寄さんって、いうんですよね?阪寄さんって、いつも何かっていうと、お祝いをくださる家臣さんですよね?何度も礼状を書いているので……まさかいちいさんのお知り合いだったなんて。阪寄さん、入院はどれくらいになるんでしょうか。ここを出たら、お礼に伺いたいんですけど」
「あ……」
いちいさんが目を泳がせた。
なんかオレ、またおかしなこと、言った?
「え?」
なんでしょうか?という顔でいちいさんを見ると『あ、いえ。はい。でも、もう退院しているかと思いますよ?念のための検査入院だと聞いております。病院で治療を続けねばならないほどではなかったようですので』と、にっこりされた。
「阪寄?そりゃ……」
高遠先生が何かを言おうとしたのを、いちいさんが『先生!もう夕飯の準備が出来るかと。参りましょう』と、無理矢理話を遮った。
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