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true colors④

「高遠先生、そんなご冗談をおっしゃって……。雨花様が今の話でお輿入れをご辞退なさるようなことになれば、高遠先生といえども、拷問どころでは済まされませんよ」 いちいさんが眉をひそめてそう言うと、先生は『それはそれは』と、にやりと笑った。 冗談なんだ?……って、どこまでが? 「しかし……奥方様になられるのが決まったのであれば、雨花殿には何としても、東都大に合格していただかねばなりませんな」 「あ、はい!頑張ります!」 「だが……それは明日からでいいだろう。今夜はゆっくり休むとしよう」 高遠先生はオレにウインクして、またふっと笑った。 「まぁ、雨花殿が奥方様に選ばれるだろうとは、思っておったがな」 「そうですね」 「え?」 「まぁ、若のわかりやすいこと、わかりやすいこと」 「え……」 「雨花様には、おわかりにはならなかったでしょうが……」 久々に出た!”雨花様はご存知ない”! 「ですが一位様。雨花様があまりに不安そうにしていらしたので、私も不安に思うこともありましたよ?楽様の練り歩きの時など、特に!」 ふたみさんは、粒コショウをゴリゴリと削りながら、鼻息を荒くした。 「ああ。私もあの時は少々焦りました」 「ですよね!あれだけ楽様がお好きになさるのを、若様がお許しになったということは……もしかして……と、思いました」 天戸井の練り歩きは、色々規格外だったらしいもんね。 「冷静に考えれば……晴れ様のことがあり、楽様のご希望のまま、許さざるを得なかったのでしょう」 「楽様に関しましては、それはそうだと思いましたが……雨花様に決まったと一位様からお伺いするまでは、正直、お詠様で決まりなのだろうかと、思ったこともございました」 ふっきーに関していえば、そう思われるようにしていたんだから、当然と言えば当然で……ふたみさんのこの心配っぷりを見るに、大老様の思惑通りに、みんな騙されてたってことだ。 いちいさんとふたみさんは『梅様は有名ですし、珠姫様と幼馴染だからということで、梅様確定論も根強かったですよ』とか、『結局、駒様だろうと、まことしやかに囁かれてもいましたよね』とか、盛り上がっている。 「ですが、雨花様のお側におりましたら、どの噂も吹っ飛びました」 ふたみさんは、そう言って笑った。 「え?」 「雨花様がいらっしゃる時の若様と、雨花様がいらっしゃらない時の若様の違いたるや……」 「え?」 「うちの中では、若様の影武者の噂っていうのが、ありまして……」 「ああ、ありましたね」 なにそれ?! 「雨花様に会いに来ている若様は影武者のほうで、別人なんじゃないかと、しばらく私、本気で思ってましたから」 「ええ?」 「もう、雰囲気からして別人ですよ、別人!雨花様は、雨花様のいない時の若様を知る由もないでしょうから、おわかりにはならないでしょうが、本当に違うんですから」 ふたみさんの言葉を受けて、いちいさんを見ると、いちいさんは大きく頷いた。 そんなに違うの? 「それまで若様は、候補様方に関して、駒様にご一任なさっておいででしたのに、雨花様に関しては、細かいご指示がございましたし」 「細かい?」 「ええ」 展示会が終わってみなければ、候補が何人選ばれるかわからない。 側仕えさんたちは、屋敷ごとにすでに大まかに振り分けられていたそうで、候補が自分の受け持つ屋敷に決まるかどうか、毎年、みんなドキドキしながら、展示会が終わるのを待っていたらしい。 いちいさんは、自分のさだめのこともあるし、梓の丸の側仕えの面子を見て、梓の丸に来る候補が、次の奥方様になる方だろうと思っていたそうだ。 オレが梓の丸に入ることが決まったと聞いて、いちいさんはすごく喜んでくれていたらしいんだけど……そんなお祝いムードを噛みしめる間もなく、雨花様には湯殿係を付けるな!とか、なるべくご実家と同じ生活が出来るよう、食べ物の好みや、普段使用している物なんかを、柴牧家にリサーチしろとか、皇から指示が出たそうで。 オレが展示会あと、実家に荷物を取りに行っていた間、梓の丸はとにかくものすごく、バッタバタだったという。 「そんな細かいご指示が出た時点で、もう確実に決まったと思いました」 ……うん。皇に言われた通りだったとしたら、その時点でもう、決めてくれていたのかもしれない。 「来年の展示会で、オレより嫁にしたいって思う人に出会ったら、どうするんでしょうね」 そう言って笑うと『ないない』と、高遠先生が大きく手を振った。 「鎧鏡一族は、一途に出来ているらしい。サクヤヒメ様のご加護のおかげか、一生添い遂げたいと思い続けられるただ一人と、出会うことが出来ると聞く」 オレが、その……皇の、一生添い遂げたいただ一人……って思って、いい、のかな。

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