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true colors⑥
オハナというのは、”お花”と書くらしく、鎧鏡一門の中にある、女性特有の職業を生業としている家系を指すのだという。産婦人科を営むおうちなんかがそれに当たると聞いて、ああ、そういうことかと納得した。
女人禁制の鎧鏡一門にあって、女性特有の家業を営む家系は、名前は男子が継ぐけれど、家業は女性が継ぐことになっているらしく、鎧鏡一門の中では稀な存在らしい。
一般的な女人禁制の理由は、女性の穢れのため……なんて言われているけれど、鎧鏡一門が女人禁制なのは、サクヤヒメ様への忠誠の証であって、女性が穢れているからという理由ではない。
女性は穢れているから女人禁制……という考え方が一般的になった時代に、鎧鏡一門の中にも、広くその思想がはびこり、一門もそういう理由から女人禁制なのだと混同する者も出てきたようだと、いちいさんは眉を下げた。
女性の血が穢れの象徴という思想が確立されていく中で、大量の出血を伴う出産にかかわる者たちの身分は、一般的にどんどん低くなっていったという。そんな出産を手助けする人たちを、鎧鏡一族は、一門の子孫繁栄には欠かせない存在だからと、積極的に家臣に迎え入れ、その時代に海外で学ばせ、出産のエキスパートとして、家臣から信頼される地位まで向上させたという。
出産する女性を支えるのは、女医さんのほうがいいだろうという、鎧鏡一族の理念?みたいなものを、一門の産婦人科医さんたちは今も守っているそうで、一門の産婦人科医は、基本的に女医さんだけなのだそうだ。
「そんな背景があったなんて、全然知りませんでした。差別されるどころか、重用されているんじゃないですか」
ふたみさんが真剣な顔でそう言うと、高遠先生は『女人禁制の鎧鏡一門にあって、女系一族はどうしたって奇異な目で見られる。今となっては、お花と呼ばれる家系が、何故鎧鏡一門であるのか、そのいきさつを知らない者のほうが多いんだろうよ』と、ため息を吐いた。
「伝言ゲームみたいなもんだ。伝える相手が多いほど、途中で話がすり替わる。ま、お花の話だけに限ったことじゃないがね。鎧鏡の歴史が長いがための、デメリットの一つだよ」
先生はそう言って、肩をすくめた。
「お花……なんて、そんな特別な呼び方をされてる人がいるって、お館様とかは、知らないんですか?」
「確かにな。ご存知であれば、何かしらの動きがあって然るべきだろうが……。ま、歴代の大老あたりが、一族の耳には届かないようにしてきたのかもしれないな」
「もしそうだとしても、オレ、知っちゃいましたから。帰ったら皇に、その話してみます」
「ああ、それがいい。そもそも紫紺は、若に対して過保護が過ぎる。そういった一門の闇については、若の耳に入れないようにしていてもおかしくない」
「えっ?!」
大老様が……皇に過保護?
「ん?」
「大老様、過保護、ですか?」
「一般的な過保護……とは、違うか?紫紺は若が生まれる前、胎教の時点から若の教育係でなぁ。紫紺にとって若は、ある意味お館様よりも、絆が深いと言えるかもしれない。紫紺は若のためなら、手段なんぞ選ばずだ。それこそ何でもやりかねないよ」
「オレ……大老様は、一門のためなら、皇の意思なんかどうでもいいんじゃないかって、思ってました」
「まさかまさか。紫紺の優先順位は、どんな時も若が一番だ」
「そうなんですか?」
「ああ。雨花殿もいずれ、紫紺の若への思いを感じる時が来るだろうさ」
あの、いつもどこか冷たそうで、一門第一なんだろうと思っていた大老様が、本当は皇第一だったなんて……。
そもそも皇が、大老様に関して、口うるさくて怖い……みたいな情報ばっかりオレに植え付けてくるから、オレがそんな風に思ってたんじゃん!実際はすっごく、大老様に大事にされてきたくせに……。
オレも怖がってないで、大老様ともっとちゃんと、話してみたい。
そのあとも、鎧鏡一門にはびこるおかしな噂の話なんかを聞きながら、竜宮滞在初日の夕飯は、夜遅くまで続いた。
12月23日 くもり
竜宮滞在十日目。明日はもう、クリスマスイブです。
「雨花様ぁ!」
思い切り開いた玄関の扉から、飛び込むように入って来たのは、あげはだった。
「あげは?!」
「冬休みに入ったので、来ちゃいました!」
大老様が、生活必需品と共に、あげはとぼたんを連れてきてくれた。
この二人をオレのところに連れて行くよう、皇に命じられたと言う。
そっか。忘れてたけどこの二人、オレの身を守るために配属された小姓さんなんだった。
いや、ぼたんの雇い主は、皇じゃないらしいけど……。
ぼたんの主って、伊右衛門くんかな?なんて思ってたけど、皇の話しっぷりからするに、皇よりも偉い人な気がするんだけど……うーん、やっぱり伊右衛門くんなのかな?
そんなことを考えていると、すぐ横であげはが『お泊りセットを持って来ました!』と、リュックをパンパン叩いた。
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