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true colors⑦
ぼたんの強さは知ってるけど、このあげはも、同じくらい強いってこと?なんだろうなぁ。このあげはがねぇ……。
大老様は、いつもより多めの荷物を運び終えると、早々にヘリで去って行った。空模様が怪しいからだろう。今夜は雨になるかもしれない。
「すごいところですね、ここ」
どんよりした空とは対照的に、あげはは元気いっぱいだ。飛び跳ねながら、屋敷の中を見て回っている。
「あげはとぼたんは、こちらの部屋をお使いなさい」
「はい!」
いちいさんに指定された部屋に荷物を置いた二人と、みんなでリビングに集まった。
ふたみさんは、みんなにお茶をいれてくれたあと、夕飯の支度をすると言って、キッチンに入って行ってしまったけど……。
お茶をしながら、オレたちが出発したあとの曲輪の様子を、あげはが身振り手振りを交えて教えてくれた。
オレは受験勉強合宿のために、しばらく屋敷を留守にするということになっていて、梓の丸の使用人さんたちには、長期休暇が出たという。
だけど、梓の丸のみんなは、ほとんど毎日屋敷にいると、あげはが笑って教えてくれた。オレがいない間に出来ることをして、帰った時には、盛大にお帰りなさい会を開こうとか、受験のあとに、お疲れさま会をしようとか、そんな会議を毎日してくれているそうだ。
皇はここのところずっと、候補への渡りを中止しているらしい。
梅ちゃんの期末テストがあるからとか、年末で忙しいからとか、そんな理由で中止しているようだけど『本当は雨花様がいらっしゃらないのに、他の候補様にお渡りになる理由がないからだろうって、四位さんが言ってました』と、あげはがいたずらそうな顔で笑った。
「曲輪では今、若様が体調を崩していらっしゃるのではと、もっぱらの噂なんです。年末で、大老様やお館様とご一緒に、毎日のようにしらつきグループの視察などをされていらっしゃるようなのですが、ずっと上の空だって聞きました」
「上の空?そうなの?」
「ボクは若様にお目にかかる機会はないので、見てはいないですけど……そうらしいですよ?」
「そっか……」
皇は守られてるし、おかしな病気ではないだろうけど……。
皇、犯人探しをするって言ってたから、仕事の他にそっちでも無理をしてるんじゃないだろうか?
大老様はあれから、ここに来た時も、父上とはーちゃんが狙われた事件に関する話を、一切してくれない。なんの進展もないってこと、なんだと思う。
もう明日は、クリスマスイブだっていうのに……。
本当にここで、年を越すことになるかもしれない。
もしかしたら、本当にここから、受験会場に向かうことになるかもしれない。いや、もしかしたら、その先もずっと……。
「雨花様?」
「あ、ううん。あ、あげは?姉上が襲われた事件、あのあとどうなったか知らない?まだ犯人捕まらないの?」
はーちゃんを襲った犯人が捕まったかどうかもわからないまま、この竜宮に来てしまった。テレビもないここでは、何の情報も入らない。
「あ!それが……」
あげはの話では、はーちゃんを襲った容疑者は、あれからすぐに捕まったという。でも捕まったあと、黙秘を続けていたらしい。事件は進展しないように思われていたのに、先日突然、犯人の釈放が決まったというニュースが流れたあと、あの事件関連の報道は、一切なくなったという。
「釈放?!なんで?!」
あんな事件を起こして、釈放されるなんてこと、あるの?
「世間には公表されていませんが、一門で容疑者を引き取ったんじゃないかって聞きました。だとしたら、容疑者にとっては、警察に捕まっていたほうがまだ良かったんじゃないかって、みんな言ってました」
「え?」
鎧鏡で引き取った?なんで?
「紫紺あたりが痺れを切らしたんじゃないか?自ら口を割らせたほうが、早いと思ったんだろうよ」
先生がお茶をすすりながらそう言った。
「どういうことですか?」
先生は『一門で罰するため釈放させたんだろう』と、お茶うけのお菓子を口に入れた。
普通に考えたら、あんな事件で現行犯逮捕されて、釈放されるはずがない。逆に言えば、鎧鏡が動かなければ、容疑者はこのまま司法で裁かれたはずで……そのほうが、犯人の命は保証されていただろうと、先生はまたお茶をすすった。
「久しぶりにお陽殿が腕をふるっていらっしゃるのではないか?雨花殿は、お陽殿のお気に入りだ。警察でも割れなかった容疑者の口を、どんな拷問で割らせていることやら」
「……犯人の目的は、何なのでしょう」
そう言って、いちいさんが顔をしかめた。
「あげは、容疑者の名前って、覚えてる?」
あげはが教えてくれた容疑者の名前に、聞き覚えはなかった。
犯人は、一門の人間だろうってことだったけど……そうじゃない可能性も、あるんじゃないの?
そんな可能性が低いのはわかっていても、皇の苦しそうな顔を思い出すと、家臣さんたちは無関係であって欲しいと、願わずにはいられなかった。
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