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true colors⑫

持ってきたかごが、ガマズミの実で半分ほど埋められた頃、いちいさんは『私はあちらの山菜を採って参ります』と、ガマズミの木の反対側を指さした。 「はい。ガマズミは、かごいっぱい採っておいたほうがいいですよね?」 「そうですね。食べ盛りが二人増えましたから。まったく……雨花様にこのようなことをさせて、あげははいつまで寝ているのやら」 「寝る子は育つらしいですし」 そう言って笑うと、いちいさんは『大きく育って、雨花様のためにしっかり働いてもらわねば』と、顔をしかめながら、ガマズミの木の奥に入って行った。 ガマズミの実がかごいっぱいになったので、いちいさんの山菜採りを手伝おうと、いちいさんが入っていった木の奥のほうに歩いて行くと、すぐそこにいるだろうと思っていたいちいさんの姿が見えない。 山菜を採りながら、場所を移動しているのかもしれない。 どこにいるのだろうと、いちいさんを呼んでみたけど、返事がない。 「いちいさん!?」 さっきよりも大きな声をあげて呼んでも、いちいさんから返事がない。 ザワッと背中が、小さく震えた。 「いちいさんっ!」 さらに声を張り上げると、背後にガサっと、何かが動く音がした。 びっくりして振り返ると、そこにはもと来た風景が広がっているだけで……。 「いちいさん?」 いちいさんはオレを驚かすのが好きだから、かくれんぼ的なことをしている、とか? そんな能天気なことを考えていないと、不安で足がすくみそうになる。 何かが動いたような音がしたガマズミの木の方に戻るように歩き出すと、ガマズミの木の陰から、何かがオレめがけて、勢いよく飛びかかってきた。 声を上げる間もなく口を塞がれ、思い切り背中から地面に押し倒された。 激しい衝撃でつぶった目をそろりと開けると、目の前には、真っ黒な目出し帽を被った男?が、オレを見下ろしていた。 『ひっ!』という呼吸音すら、オレの口を塞ぐ男の手で遮られた。 逃げないと! ただそれだけが、頭の中を駆け巡った。 体をよじってもがくのに、足をきつく押さえつけられていて、身動き出来ない。 誰?!こいつ、誰?! なんで? 殺される! やだ! 助けて! 皇っ! 大声で叫びたいのに、塞がれた口から言葉は出ていかない。 目の前の男は、オレを押さえつけながら、フーフーと荒く息をして、目出し帽から見える目は、真っ赤に充血していた。 怖い! 怖い!逃げなきゃ! 殺されたくない! とにかくありったけの力で抵抗しようともがくと、オレの口を塞いでいる男の手に、さらに力が入った。 呼吸が出来なくなる!と、頭を動かすと、男の手が、オレの口からほんの少しずれた。 オレの歯に男の手が当たったのを感じた瞬間、オレは思い切り、それを噛んだ。 ぎゃあああ!という男の悲鳴を聞きながら、オレは男の下から抜け出して走った。 誰? あれ、誰? 見つかったら、殺される! 必死で走ったつもりだったのに、ドンっという衝撃を背中に受け、気付くと腹ばいの体勢で、地面に押し付けられていた。 倒された衝撃でか、押さえつけられているからか、息がうまく出来ない。 何度も『やめて』と訴えているつもりの声は、途切れ途切れに掠れて、耳に届く自分の声は、言葉になっていなかった。 皇! 皇っ! オレ……死ぬの? お前に……もう一回、会いたいよ、皇……。 「雨花様!どこですか?」 もう駄目だと諦めかけた時、あげはがオレを探す声が、遠くのほうから聞こえてきた。 目の前の男が声のほうに振り返った瞬間、オレを押さえつけている力が緩んだ。 オレはありったけの声で『あげは!』と叫んだつもりだったけれど、その声はやっぱり、掠れた小さな”音”でしかなかった。 「雨花様ぁ!どこですかぁ?!お手伝いに来ましたぁ!」 あげはにはオレの声が届いていない。あげはがオレを呼ぶ声が、どんどん近づいて来るのがわかる。 様子を伺っているのか、オレを押さえつけながらじっとしていた男が、ポケットからナイフを取り出したのが見えた。 殺される! ヒュッと喉から音が漏れた。 「雨花様ぁ!」 あげはの声は、もうすぐそこまで来ているように聞こえる。 駄目だ!あげは、来ちゃダメだ! そう思った時、ザッとガマズミの木をかき分けて、あげはが顔を出した。 「っ?!」 地面に顔を押し付けられた状態で、あげはと目が合った。 小さくうめくような声を上げたまま、動きを止めたあげはめがけて、男はナイフを振り上げながら、飛びかかった。 「あげはっ!」 男の背中で、あげはが見えない。 だけど、ザクッという嫌な音は、”何か”が切られたことを確信させた。

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