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true colors⑬
あげはが……切られた?
あげはが、切られた。
あげはが……。
恐怖でなのか、体の下にある積もった落ち葉のせいなのか、押さえつけられてもいないのに、体を起こせない。
ブルブル震える手が、どうしても体を支えられない。
ガチガチと奥歯が鳴る音が頭に響く向こう側で、あげはの『ぼたん!』という叫び声が聞こえた。
え?
……え?!ぼたん?!
目の前の男の背中が動くと、すぐそこに、倒れているぼたんが見えた。
「え……」
なん、で……ぼたんが、倒れてるの?
目の前の男は、倒れているぼたんに手を伸ばすと、ぼたんに刺さっているナイフを抜いて、ぼたんを呼び続けているあげはに向けて、ナイフを振り上げた。
「上様 っ!」
倒れていたぼたんはそう叫びながら、男に背を向けて、自分の体を盾にしてあげはを守るような格好で立ち上がった。
ぼたんは男に背を向けたまま、ナイフを振り上げている男を思いきり蹴り上げた。
その瞬間、ぼたんの体から、ピシャリと音をたてて血が飛び散った。
「ぼたんっ!」
ぼたんの服は、みるみる赤く染まっていく。
蹴り上げられた男は、すぐに体勢を立て直して、ぼたんにナイフを振り下ろした。
素手でそのナイフを受け止めたぼたんの手から、ぼたぼたと血が滴り落ちていく。
「やめろおっ!」
あげはが男に向けて両手を伸ばすと、男の体は驚くほど吹き飛んで、大きな音を立てて仰向けに倒れた。
男はそのまま、ピクリとも動かなくなった。
……今、何、したの?あげは……?
「雨花様!縛って!」
あげはが投げたタオルが、目の前に落ちた。
オレは跳ねるように体を起こすと、目を見開いたまま倒れている男を転がして、男の手首を後ろ手に縛った。
男は息はしているようだけど、固まったように動かない。
「ぼたん!しっかりしろ!ぼたんっ!」
血だらけで横たわるぼたんと、その横でぼたんに呼びかけるあげはに、急いで駆け寄った。
「ぼたんっ!」
「お怪我、は……」
弱い呼吸をしているぼたんは、薄く目を開いて、あげはに手を伸ばそうとしているようだった。
「お前が庇ったんだ!無事に決まってんだろ!」
こんな風に声を荒げるあげはを、初めて見た。
「よかっ……」
「もうしゃべるな!血が!死んだら許さないっ!」
「……う、え、さま……」
ゆっくり瞬きをしていたぼたんの目が、完全に閉じられた。
「ぼたぁんっ!」
「先生を呼んでくる!」
オレがそう言うとあげはは『脇の下を切られてる。上手く止血出来ない。先生が来てもここじゃ治療出来ない。間に合わない』と、うわごとのようにブツブツ呟いた。
「え?」
「ちゃんとした病院じゃないと……」
ちゃんとした病院って言ったって……今は誰とも連絡が取れなくなってて……どうしたら……。
皇……。
困るとすぐ、皇が頭に浮かぶ。でもここは、皇だって知らない無人島なんだ。どれだけ呼んだって、皇は来られない。
「皇……」
来られないのはわかっているのに、そう呟くと、あげはが『そうだ!皇だ!』と言って、スッと立ち上がった。
立ち上がったあげはは『皇!』と、空に向けて叫んだ。
え?
皇?何?
なんであげはが、皇、とか、言ってるの?
あげはは、ぼたんの脇と手にタオルをあてながら『今からこっちに来い!』と、空に向けて大声で叫んでいる。
あげは……ぼたんが刺されて、おかしくなった?
「あげは?」
優しく声を掛けると『黙っててください!大丈夫ですから!』と、あげはにキッと睨まれた。
「あ、はい」
あげはは頷くと『ぼたんが刺された!止血がうまくできない!今すぐ迎えに来い!』と、また空に向けて叫んだ。
「あ?!場所?!……くそっ!迎えに行く!こちらに向かう準備をしておけ!」
空を見ていたあげはは、オレに視線を向けると『雨花様、これから何があっても驚かずに、ぼたんの止血をし続けてください』と、見たことがない怖い顔で、オレにぼたんの体を押さえているタオルを託した。
「え?」
驚くオレに『ここと!ここをおさえて!』と、ぼたんが刺されただろう脇の下と、ナイフを受け止めた右手を示した。
「わかった。けど……」
『あげはは?』と、聞く前に、あげははぼたんの隣に寝転がった。
「あげは?」
目を閉じたあげはの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「あげは?!」
あげはもどこか切られてたの?!
驚いてあげはに手を伸ばそうとすると『手を離さないで!雨花様!』という声が、頭の上から聞こえてきた。
ふっと上を見ると、真っ青な空を背景に、あげはが空中に立っている。
「えっ?!」
咄嗟にぼたんの隣を見ると、そこにもあげはが、青白い顔で横たわっていて……。
「え?え?」
何がどうなっているのか、わからない。
空のあげはは、ワタワタしているオレに『すぐ戻ります!あ!一位様がすぐそこに倒れているのが見えました。息はしています!一位様は大丈夫ですから、雨花様はぼたんから手を離さないで!』と言うが早いか、空の青に滲んで消えた。
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