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true colors⑭
ドクドクと脈打つぼたんの体から、少しでも血が出ていかないよう、タオルを強く押さえながら、頭の中はごちゃごちゃだった。
ぼたんの顔が、どんどん青白くなっているような気がする。だけど、その隣で横たわっているあげはは、もっと真っ白で……死んでいるかのように動かない。
そう思った瞬間、縛り上げた男の存在を思い出して、男のほうに視線を移すと、さっきオレが縛った時のまま、目を見開いた状態で、少しも動いていないようだった。
いちいさんは倒れているけど無事だって、あげはが言っていた。
裏付けは何もないのに、オレはあげはのその言葉を強く信じていた。こんなに青白いけど、きっとあげは自身も大丈夫だ。
頭の中を整理したいのに、ぼたんの指がぴくりと動くたび、オレは飛び上がるほど驚いて、何かを考えているどころじゃなくなった。
ただあげはに言われた通り、ぼたんの止血をしながら、ぼたんをずっと呼び続けることしか出来ないでいる。
あげははすぐに戻るって言ったけど……すぐって、どれくらい?だって、オレたちがこの竜宮に来る時、時計は見ていないけど、感覚的には、一時間以上かかった気がする。
手で押さえているタオルは、あげはから渡された時にはもう、真っ赤に染まっていた。タオルを見ただけじゃ、今もぼたんの出血が続いているのか、止まっているのか、全くわからない。
医者を目指してるってだけの今のオレじゃ、ぼたんを助けられない。どうしたらいいのかすら、わからない。
ぼたんはオレを命をかけて守るって言ってくれて、ケガをするのもいとわずに、オレを助けてくれた。なのにオレは、そんな恩人のぼたんが、目の前でこんなことになっているのに、ただ名前を呼び続けることしか出来ないなんて……。
ぼたんが目の前でどうにかなってしまったらと思うと、今すぐ泣きたいくらい、怖い。
皇……。
その時、キーンという、耳鳴りみたいな飛行音と『雨花様』という小さな声が、空のほうから聞こえた気がした。
あげは?!
瞬間的に空を見上げると、そこには真っ青な空が広がっているだけだ。
そうだよ。いくらなんでも、戻って来るには早すぎる。
そう思うのに、期待せずにはいられない。
どこを探したらいいかわからず、キョロキョロと視線を動かすと、真っ青な空のはるか遠くに、ポツンと小さな黒い、点?が見えた。
あれ……何?
黒い点に見えたそれは、あっという間に近づいて、すぐ上空でピタリと止まった。
いつも見ているヘリコプターとは全然違うそれは、ジェット機のような形をしているのに、ヘリコプターのように垂直に下降して、すぐ近くにスッと着地した。
「雨花様!」
「うおっ?!」
飛行体が着地するが早いか、ぼたんの隣で、真っ白な顔で横になっていたあげはが、急に飛び起きた。
「早く!」
あげはは飛行体のほうを見て、そう叫んだ。
飛行体のほうから、ガコッという、どこかの扉が開いたような音がした。
ザッと誰かが機体から降りて、こちらに駆け寄る足音が聞こえる。
「あ……」
機体の後ろから姿を現したのは、寝間着姿の皇で……。
その瞬間、ドワッと涙が溢れた。
「雨花!」
走ってきた皇は、しゃがみこんでいたオレを、勢いよく抱きしめた。
「皇ぃ……」
ずっと、呼んでたんだよ!もう、どうしたらいいのかわからなくって、怖くって、オレ……。
「雨花様、ごめんなさい!今はぼたんを!皇、ぼたんを運んで!」
皇はあげはの言葉に頷くと、オレに向き直った。
「ぼたんを運び、すぐ迎えに参る。そなた、ケガは?」
「大丈夫」
オレの頬をギュッと拭った皇は、もう一度オレを強く抱きしめた。
「皇っ!急げっ!」
皇の後ろから、あげはが叫ぶ『急げ』って声を聞いて、頭の奥のいつかの記憶が、ふっと蘇った。
この声……どこかで、聞いた。
「誓がすぐにこちらに参る。余もすぐ戻るゆえ、今しばし待て」
オレが大きく頷くと、皇はぼたんを抱きかかえ、あげはと一緒にまた飛行体に乗り込んで、ものすごいスピードで飛び去っていった。
飛行体が消えるのと同時に、おなじみのヘリコプターがこちらに向かって来たのが見えた。
「大丈夫ですか?雨花様!」
着陸したヘリから降り立った誓様は、オレの前で片膝をつくと、そう言って眉を下げた。
『無事です』と告げると『ご無事なお姿を拝し、安心致しました』と、微笑んでくれた。
「まずは、梓の一位様を救うように、言いつかっております」
「あ!はい!」
『いちいさんは多分あちらのほうに……』と、いちいさんがいるだろうほうを振り返ると、犯人が今も目を開いた状態で寝転がっていた。
誓様は『これが犯人ですね?』と聞くが早いか、犯人の足首を強く縛って、ガマズミの木の奥に入って行った。
オレもすぐあとをついて行くと、ガマズミの木から少し離れた場所で、いちいさんが倒れているのが目に入った。
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