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true colors⑮
「いちいさんっ!」
いちいさんは草むらの中で、膝を抱えるように倒れていた。そのすぐ近くに、猟銃が落ちている。
まさか……撃たれた?いや、そんな音は聞いていない。
「いちいさんっ!」
いちいさんは目を開けない。
誓様が、いちいさんの首筋に手をあてて『雨花様、大丈夫です。脈がしっかりしていらっしゃいます。気を失っていらっしゃるだけでしょう』と、大きく頷いた。
「いちいさん、大丈夫なんですか?撃たれたとかじゃ……」
「いえ。薬をかがされたのか……調べていただかないとわかりませんが、見たところ命に別状ないかと存じます」
そこに、高遠先生が走ってやってきた。
「先生!」
「ヘリの音がして出て来てみれば……こりゃあ、一体何があった?」
高遠先生は誓様に、いちいさんを屋敷まで運ぶように指示を出すと、オレの説明を聞きながら、屋敷までの道を急いだ。
屋敷の診察室で、高遠先生がいちいさんを診察していると、またヘリコプターのプロペラ音が聞こえてきた。
「まずは一位と二位を、三の丸かしらつき病院に搬送だな」
窓の外を見た高遠先生は、そう言ってふたみさんを起こしに行った。
「あのヘリ、皇でしょうか?」
誓様にそう尋ねると『いえ、若様が戻るには早過ぎる気がします』と、首をひねった。
『とにかく行ってみましょう』と、診察室を出た誓様のあとを追った。
「雨花様!ご無事ですか!」
「大老様!はい!無事です」
ヘリから降りてきたのは、大老様と、いつも荷物を運んでくれる”ゆい”と、大老様から呼ばれている家臣さんだった。
オレをゆっくり観察するように見た大老様は、大きく安堵したように息をつくと『犯人は?』と、尋ねてきた。
「あ……あちらに……」
犯人が転がっているだろう場所を指さすと、大老様はゆいさんと一緒に、走ってそちらに向かって行った。
誓様と一緒に大老様を追いかけると、追いついた時にはもう、ゆいさんが犯人を肩に担ぎあげようというところだった。
「あのヘリに全員乗るのは無理ですので、先に犯人を曲輪に運びます。大丈夫かとは思いますが、この男が単独犯という確証はありません。まだこの島のどこかに、仲間がいる可能性もあります。どうかお一人で行動なさいませんように」
「はい!」
「誓様、雨花様をどうか、お願い致します」
「かしこまりました」
「では……」
「あ!大老様!」
犯人を連れて行ってくれるのは、本当に安心で助かるんだけど、それよりも一刻も早く、いちいさんとふたみさんのことも、病院に連れて行ってあげて欲しい。
大老様を呼び止めてそう伝えると『屋敷で高遠先生に指示を仰ぎましょう』と、提案された。
大老様と一緒に屋敷に戻って、先生にどうしたらいいか相談すると『紫紺に犯人を運んでもらったほうがいいだろう。二位はもとより、見たところ一位も、一刻を争うというものではないようだ』と、大老様の肩をポンポンと叩いた。
「いちいさんとふたみさんも、今一緒に連れて行ってもらうというのは……」
「いえ。今は微動だにしませんが、この男がこのまま動かないとも限りません。機内で暴れる可能性を考えますと、二人の搬送は別のほうが安心でしょう」
「わかりました」
「若がすぐにお戻りになると思います。どうか、くれぐれもお一人で行動なさいませんように」
大老様はそう言い残して、犯人を乗せたヘリコプターで、颯爽と飛び去っていった。
大老様を見送って屋敷に戻ろうと誓様に声をかけると『いえ。ここにいらしてください』と、遠くの空を指さした。
誓様の指の先に視線を送ると、さっき見たような、小さな黒い点が見える。
「あ!」
オレが声を上げて誓様を見ると、誓様は『思った以上に早いお戻りでしたね』と、ふっと笑った。
黒い点は、みるみるうちにオレたちのすぐ上まで飛んできた。
さっき皇が乗ってきた飛行体だ。
すぐ近くに着陸したかと思うと、操縦席から皇が飛び降りたのが見えて、オレは皇のもとに駆け寄った。
「皇っ!」
「雨花!」
ぎゅうっと抱きしめられて、頬ずりされると、ザラリとした痛みが頬に刺さって、瞬間的に皇から顔を離した。
「痛っ!」
皇の顔を見ると、さっきは必死で気づかないでいたけど、皇は明らかにやつれて、髭も剃っていない。
「なっ……どうしたの?こんな……」
ゾリっと髭をなぞるように、皇の頬をなでると、皇は返事もせずに、もう一度オレを強く抱きしめた。
「余は誠……そなたがおらねば、何も出来ぬただの木偶 だ」
何も出来ないって……こんなにやつれて……髭を剃ることすら出来なかったってこと?
「……バカだなぁ、もう」
皇よりももっと強い力で、オレは、皇を抱きしめた。
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